上 下
47 / 108

親の不始末

しおりを挟む
 一真も琴美も、引っ越し先にはテレビも持っていくつもりはなかった。どうせ見ないからである。もし必要になった時には中古品でも買えばいい。そう思っていた。
 一真は自転車に乗って引っ越し先のアパートに向かい、軽トラックも出発する。琴美は残って空っぽになった部屋の掃除を行う。けれど、両親が雑に使っていたその部屋は、押し入れの襖は破れ、畳は煙草の火が落ちたことで焼けこげだらけ。しかも壁の一部も焦げていた。煙草の不始末による小火ボヤである。しかし両親はそのことを管理会社には告げていなかった。おそらく修繕費が取られることになるだろう。
 襖の破れや畳の劣化は、すでに二十数年間ここに住んでいたので、どのみち経年劣化で交換することになっていただろうから、美嘉が手配した弁護士が管理会社と交渉して<原状回復の義務>には含まれないようにしてくれるとしても、小火による壁の破損はさすがに責任を逃れることはできないと思われる。
 両親は、自分達がしでかしたことの後始末さえせずに行方をくらましたのだ。
 敷金わずか七万円という物件だったことで、敷金だけでは到底相殺できないであろう修繕費は、琴美の奨学金から支払うしかない。他に貯えがないのだ。両親が毎月残らず使ってしまうがゆえに。
 親の不始末による小火が原因の破損を、子供の奨学金で贖う。
 似たような事例がどのくらいあるだろう?
 <親ガチャ>という言葉に過剰に反応している者の中には、この種の<心当たりがある親>がいたりはしないか? もしそういう親が、
『親ガチャなんて関係ない! 子供が努力すればいくらでも這い上がれる!』
 などと口にしていたとしたら、どうだろう?
『どの口が言う!?』
 的な話になりはしないだろうか?
 琴美が受けている奨学金は<貸与型>である。つまり<借金>だ。そこから壁の修繕費を出すのだ。子供に『努力しろ』という前に、両親がまず努力するべきではないのか? 宝くじの高額な当選金が入ったのなら、真っ先に自分達の不始末に対処するべきではなかったのか?
 少なくとも一真も琴美も、両親が『親ガチャなんて関係ない! 子供が努力すればいくらでも這い上がれる!』などと発言をしたら反発せずにいられないだろう。
 両親が責任を負わないから子供が不利益を被っている。それを<子供の側の努力>によってどうにかさせようというのは、典型的な、
 <逃げ得>
 というものではないのか? それとも、自分の不始末の責任を負いたくないから、『親ガチャなんて関係ない! 子供が努力すればいくらでも這い上がれる!』と言いたいのか?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

~The Tree of Lights~

朱夏
現代文学
猫を連れた隠者は森をさまよう/ 木々の言葉/鳥の言葉/ もういない生命のうた/ 永遠にある魂のうた/ 呼びかけるこえ──あなたに、わたしに

干物女を圧縮してみた

春秋花壇
現代文学
部屋が狭くなってきた わたしは自分を圧縮してみた

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

若者は大家を目指す

大沢 雅紀
現代文学
両親を事故で無くした主人公。「働きたくねぇ」が通じなくなり、強制的にニート生活が終わってしまった。生きていくためにフリーターとなるが、現実は甘くない。そんなある日、たまたま新聞を見ていたら、不動産の競売物件情報が載っていた。 「一戸建てがこの値段で?  これってうまくすれば……」 元ニートの成り上がり日記。果たして彼は、働かないで生きていける=現代チートを手に入れられるのか?

スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら
現代文学
 日々を楽しく生きる。  望にとって、それはなによりも大切なこと。  大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。  それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。  向かうべき場所。  到着したい場所。  そこに向かって懸命に突き進んでいる者。  得るべきもの。  手に入れたいもの。  それに向かって必死に手を伸ばしている者。  全部自分の都合じゃん。  全部自分の欲得じゃん。  などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。  そういう対象がある者が羨ましかった。  望みを持たない望が、望みを得ていく物語。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

このユーザは規約違反のため、運営により削除されました。 前科者みたい 小説家になろうを腐ったみかんのように捨てられた 雑記帳

春秋花壇
現代文学
ある日、突然、小説家になろうから腐った蜜柑のように捨てられました。 エラーが発生しました このユーザは規約違反のため、運営により削除されました。 前科者みたい これ一生、書かれるのかな 統合失調症、重症うつ病、解離性同一性障害、境界性パーソナリティ障害の主人公、パニック発作、視野狭窄から立ち直ることができるでしょうか。 2019年12月7日 私の小説の目標は 三浦綾子「塩狩峠」 遠藤周作「わたしが・棄てた・女」 そして、作品の主題は「共に生きたい」 かはたれどきの公園で 編集会議は行われた 方向性も、書きたいものも 何も決まっていないから カオスになるんだと 気づきを頂いた さあ 目的地に向かって 面舵いっぱいヨーソロー

虐待弁当

食物連鎖
現代文学
子供のためだったら、何だってやってやるよ。例え他人を傷つけたとしても。 昨今国内でも問題になっているシングルマザーの貧困問題。 30歳代、田舎町で祖父母と3人の子供と暮らす年収400万のシングルマザー。母子手当もあり、本来なら余裕を持って暮らせる筈なのに、それでも貧困になってしまうケースもある。 果たして子供のためなのか、 はたまた自己顕示欲を満たすためなのか。 子供を巻き込み自ら貧困の選択をしたシングルマザーのストーリー。 ※この話は実話をもとにしたフィクションです。

処理中です...