ハズレガチャの空きカプセル

京衛武百十

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食べられないほどのものではない

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 こうして一真が自宅に向かっている途中、琴美は夕食を作っていた。豚の生姜焼きだった。食材は基本的に一真が家に帰る途中で買ってくる。だからこれは、昨日、一真が買ってきた食材だ。それを琴美が料理しているのだ。
 とは言え、両親にやらされるからネットとかで調べてやれるようになっただけで、やりたくてやっていたことじゃなかった。しかも盛り付けも、皿に乗せた豚の生姜焼きに生のレタスをちぎって添えただけのものだ。モチベーションがまるでないので、これくらいしかする気が起きない。
 それもあってすごく適当ではある。あるが、まあ、食べられないほどのものではないだろう。
 そこに、ちょうど一真が帰ってきた。何度も使いまわしてよれよれになったレジ袋に食材やミネラルウォーターを入れて。
 自転車をしまったトランクルームからの帰り道にスーパーに寄って買い物をしてきたのである。
 いつものように。
 ただ、それを見た琴美が、
「……少ないね……」
 と口にする。買ってきたものがいつもよりずっと少なかったからだ。それに対して一真は、
「ビールとか、ないから」
 端的に応え、
「ああ、そっか……」
 琴美もそれで察する。両親のための買い物がなかったから少ないのだと。そして一真の口数も少なくなる。<SANA>にいた時には普通にしゃべっていたというのに、自宅に帰るとこれなのだ。あの両親の気を引くような真似をしたくないという意識が強すぎて、自宅ではとにかく口数が少なくなってしまう。それに、琴美とはこうして言葉を重ねなくても通じ合えるというのもある。
 その琴美が買い物袋を受け取って、食材を冷蔵庫に入れていく。すると冷蔵庫の中はどこを見てもビール(正しくは発泡酒など)がぎっしりと詰まっていて、食材を入れる場所がない。だから少ない食材で料理をすることにもなる。
 枝豆などのツマミとして出すようなものは多いのだが。
 そうして琴美が食材などを入れるのに四苦八苦していると、部屋着に着替えていた一真が、
「ビールとか、もう出しておいていいんじゃないか?」
 声を掛ける。
「あ……」
 琴美もハッとなり、取り敢えず手近にあった酒を冷蔵庫の脇に放り出した。高校生の琴美はもちろん、一真も飲まない。飲めなくはないものの、節約のためもあり酒は飲まないようにしていた。加えて、煙草も賭け事も一切しない。そんな余裕はなかったし、酒も煙草も賭け事も嫌な思い出しかないので嫌いなのだ。
 両親が帰ってこなければ誰も飲むことのない酒を見て、
『もったいないな……』
 一真は暗澹たる気分になったのだった。

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