上 下
27 / 108

安西蔵人

しおりを挟む
 こうして琴美が『家に一人でいること』を満喫していた頃、一真は、フミ、<田上たのうえふみ>と共に、オカノの担当者に結人ゆうとの作品を提示していた。すると担当者の、
 <安西あんざい蔵人くらうど
 が、
「これはまた面倒なのを持ってきてくれたなあ……」
 渋い表情かおでそう告げた。オカノの担当者の安西は、家具職人達のリーダーでもあり、職人歴二十五年のベテランだった。高校には通わず中学を卒業してそのまま職人の道に入った彼は、職人としてのプライドの塊のような人物だった。
 そんな安西から見ても、結人が作ったチェストのミニチュアは、細部まですごく手が込んでいて、もはや<美術品>の域だっただろう。
 が、
「ただの一品物として手間を掛けるのは分かんだよ。一品物ってことなら俺だってこのくらいやれる。けどな、<量産品>となったらそうはいかない。それとも、納期は考慮してくれんのか?」
 正直、<不遜>と言って差し支えない態度で、フミにそう圧を掛けてくる。けれど、フミの方はそんな安西の態度にも涼しい顔で、
「いえ、いつもの通りでお願いします」
 きっぱりと言ってのける。やや強面の安西のすごみにもまるで動じていない。すると安西は、
「あんたらはいいよな。好き勝手言えて。こっちはあんたらの無茶な注文に毎回、四苦八苦させられるんだ。あんたらは俺達職人をただの使い捨ての道具としか思ってないんだろう?」
 今度はあからさまにすごんでくる。なのにフミはやっぱり、
「それに見合うだけの代金はお支払いしてるはずです。もしこの条件で不満だとおっしゃるのでしたら、他所にお願いするだけですね」
 平然と言い放った。
 そんなやり取りに、一真は息を呑む。
『こんな言い方で、相手を怒らせないんだろうか……?』
 と。けれど安西は、まったく引く様子のないフミに、
「あーもう! 分かった! 分かったよ! やりゃいいんだろ! やりますよ、クライアント様……!」
 どこか投げやりにも見える態度でそう応えた。けれどこれは、いつものことだった。大体いつもこの調子なのだ。
 そしてフミは、ニッコリと笑顔で、
「よろしくお願いします♡」
 そう言って頭を下げた。
 こうしてオカノからの帰り、ハイヤーの中で、一真は、
「……山下やましたさんとことはかなり違いますね……」
 正直な印象を口にした。確かに、<ドールファミリアYAMAMOTO>での山下郁美とのやり取りと比べれば随分と刺々しいものだと感じた。郁美は、毅然とした態度ながらとても丁寧で、相手を見下すような印象はなかった。それに比べて、先ほどの安西は……
 けれどそう言う一真に、フミは、
「あれも、安西さんの<キャラ>だからね。いちいち気にしてたら疲れるだけだよ。それにうちが提示してる条件なら、やりたいっていうところは他にもある。それだけコストはかけてるから」
 明るく言い放ったのだった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

おきつねさまと私。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

銀河エクスプレス

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:24

ひとりぼっちのおんなのこ

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

拘束された先に待っていたのは

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

OL桑原さんの言い返し

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

不屈の葵

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:327pt お気に入り:1

Black Day Black Days

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

処理中です...