神河内沙奈の人生

京衛武百十

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伊藤玲那の手記

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山下沙奈やましたさな神河内良久かみこうちよしひさ。この二人の人生をどう評価し表現するべきか、私には適切な言葉が見付けられませんでした。

ただ、少なくとも、この二人が出会ってからの時間については、決して不幸であったとは思えないこともまた事実です。

沙奈さんは五六歳。良久さんに至っては四六歳という若さでこの世を去りましたが、その最後は二人ともとても穏やかで、幸せそうだったと言ってもいいと思います。だから、世間の感覚からすればとても短いように思えた二人の人生も、本人達にしてみれば充実したものだったのかも知れません。私も最近、ようやくそれが受け入れられるようになった気がします。

現在、私は、人形作家・神玖羅かみくらとしての神河内良久さんのさまざまな権利を管理する会社の代表取締役を務めさせていただいています。もっとも、実務は他の職員が行ってくれているので、私はあくまで名目上の責任者でしかありませんが。

また、プライベートでは、私がまだ小学校の養護教諭として働いていた頃に勤めていた小学校の卒業生でもあり、今は弁護士となった夫の多実徳英功たみのりえいこう(現・伊藤英功)との間に三人の子が生まれ、とても満たされた毎日を送っています。第一子は四十を過ぎてからの顕微授精だった為にリスクと不安もありましたが、幸いそれは杞憂に終わったようです。第一子が生まれた後で予期せぬ自然妊娠、しかも双子を授かるという驚きも経験しました。

一歳の長女と生まれたばかりの双子の養育は大変でしたが、夫やベビーシッターの協力もあり、ある意味では楽しむことが出来て何物にも代えがたい経験をさせてもらったとも思います。

養護教諭だった頃には児童心理の専門家とも言われましたが、やはり第三者的な立場で子供に接するのと、親として子供に接するのとではまるで違うものだというのも肌で感じることができました。自分の子が相手だと、どうしても感情に振り回されがちになるんですね。

しかしそういう部分でも夫や周囲の人々に支えてもらえて、私はとても幸運でした。

子供達も健やかに成長してくれて、それぞれ独立し、長女と二男は家庭も築いています。孫も生まれ、私はお祖母ちゃんになってしまいました。長男については、仕事に打ち込むあまり彼女にフラれたとか言っていましたが。

沙奈さんと良久さんの長男の良和さんのところでも、今度、三人目が生まれるそうです。

良和さんが成人し、神河内かみこうち家を継いでからの私は、神河内邸からしばらく歩いたところに小さな家を借り、そこで夫と二人で暮らしています。代表取締役としての仕事も、近々引退です。何しろもう、私も七七歳ですから。それに対して夫はまだ六十。孫に付き合って散歩するのさえ大仕事になってしまった私に比べて、今でもキャッチボールくらい楽々とこなしてくれます。本当に、十七も年上の私とよくもまあこれまで辛抱強く付き合ってくれたものだと感謝しかありません。

そうそう、また今度の週末、良和さんが子供達を連れて遊びに来てくれるそうです。良和さんも私にとってはもうすっかり息子のような存在になってしまいました。確かに、良和さんの養育については私も協力させていただきましたが。

私が神河内かみこうち家に住み込みで沙奈さんと良和さんを支えさせていただいていたことで、外部からの干渉もなく、平穏な日々を送れたのでしょうか。

それから、神河内家で長年ハウスキーパーを務めてきた石生蔵千草いそくらちぐささんの長女で、お母さんである千草さんの後を継いで神河内家のハウスキーパーを務めてきた千歳さんも、お孫さんが生まれるのを機に引退。養育に専念なさるそうです。八十になるまで現役で勤め上げた千草さんとはまた別の選択ですが、それぞれで良いと私は思います。

さまざまな人生があり、その中では辛いこともあったようですが、みなさん自らの人生と向き合い、懸命に生きてこられたのだと実感します。

私の時間があとどれくらい残されているのかは分かりませんが、これまで通り、その中でできることをするだけです。

沙奈さん。良久さん。私は、お二人に会えて本当によかったと感じています。お二人の生涯を見届けられたことが、私にとってもかけがえのないものになっているんです。

本当に、本当に、ありがとうございました。 

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