神河内沙奈の人生

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
105 / 111

認めがたい現実

しおりを挟む
結論としては、伊藤玲那の予感通りであった。

診断、<悪性新生物>。つまり癌である。彼の胃に出来たそれは胃壁から浸潤し、既に腹腔内にばら撒かれ、複数の箇所に転移が確認された。状態としては、<ステージⅣ>。厳密には正しくないが、一般的には<末期癌>と認識されているものだった。

『どうしてこんなことに…!』

それを知って一番ショックを受けたのは伊藤玲那だった。想定はしていたが、その想定の中でも最悪なものであったからだ。

「……?」

一方で神河内沙奈はあまり状況を理解出来なかったらしく、良和を抱いたままきょとんとしているだけだった。

伊藤玲那としては、あまりに迂闊で無自覚な神河内良久かみこうちよしひさをあらん限りの言葉で罵倒してやりたかったが、彼女はそれを敢えて飲み込んだ。今さらそれを言ったところでこの状況が覆る訳ではない。むしろ目の前で彼を罵るのは、神河内沙奈や息子の良和の精神衛生上の点から見て最悪の選択だろう。なってしまったものは仕方がない。後は彼が回復することを願い、自分達に出来ることをするだけだった。

しかし、彼の体に巣食った病は、そんな伊藤玲那の願いを嘲笑うかのように容赦なく彼の体を蝕んでいった。既に複数の箇所に転移している為に外科的な手術も出来ず、抗がん剤も顕著な効果を見せず、彼の姿は見る間に衰えていった。

経済的に余裕があることから保険適用外の新しい治療法なども試そうと提案したが、彼は頑としてそれを拒んだ。

「そんなことをして、彼女とこの子の今後の生活はどうするつもりだ…?」

神河内沙奈には、自立できるだけの能力がなかった。彼の資産だけが頼みの綱である。それを使ってしまっては、親子三人、共倒れになってしまうかも知れない。彼はそれを認める訳にはいかなかった。確実に治る見込みがあるなら、一時的に財産を失っても自分がまた稼げばいい。しかしその可能性は、正直言ってもはや奇跡が起こることを願うしかないレベルだった。

伊藤玲那はそれに対し、

「私が働いてこの子達の面倒を見ます…!」

と言ったが、それも現実的ではなかった。自立出来ない神河内沙奈と幼い子供を抱えて女手一つでその全てを面倒見るなど、見通しとしても楽観的すぎる。少なくとも彼にはそうとしか思えなかった。

そもそも、彼が最初に異変に気付いた時点で検査を受けていれば完治したという保証もない。自覚症状があったということは、その時点で既に手遅れだった可能性が高い。すべては<たられば>に過ぎない。確実なのは、今、目の前にある事実だけだ。

そして何より、彼にはもう、自分の役目は既に終えているという実感しかなかったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...