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認めがたい現実
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結論としては、伊藤玲那の予感通りであった。
診断、<悪性新生物>。つまり癌である。彼の胃に出来たそれは胃壁から浸潤し、既に腹腔内にばら撒かれ、複数の箇所に転移が確認された。状態としては、<ステージⅣ>。厳密には正しくないが、一般的には<末期癌>と認識されているものだった。
『どうしてこんなことに…!』
それを知って一番ショックを受けたのは伊藤玲那だった。想定はしていたが、その想定の中でも最悪なものであったからだ。
「……?」
一方で神河内沙奈はあまり状況を理解出来なかったらしく、良和を抱いたままきょとんとしているだけだった。
伊藤玲那としては、あまりに迂闊で無自覚な神河内良久をあらん限りの言葉で罵倒してやりたかったが、彼女はそれを敢えて飲み込んだ。今さらそれを言ったところでこの状況が覆る訳ではない。むしろ目の前で彼を罵るのは、神河内沙奈や息子の良和の精神衛生上の点から見て最悪の選択だろう。なってしまったものは仕方がない。後は彼が回復することを願い、自分達に出来ることをするだけだった。
しかし、彼の体に巣食った病は、そんな伊藤玲那の願いを嘲笑うかのように容赦なく彼の体を蝕んでいった。既に複数の箇所に転移している為に外科的な手術も出来ず、抗がん剤も顕著な効果を見せず、彼の姿は見る間に衰えていった。
経済的に余裕があることから保険適用外の新しい治療法なども試そうと提案したが、彼は頑としてそれを拒んだ。
「そんなことをして、彼女とこの子の今後の生活はどうするつもりだ…?」
神河内沙奈には、自立できるだけの能力がなかった。彼の資産だけが頼みの綱である。それを使ってしまっては、親子三人、共倒れになってしまうかも知れない。彼はそれを認める訳にはいかなかった。確実に治る見込みがあるなら、一時的に財産を失っても自分がまた稼げばいい。しかしその可能性は、正直言ってもはや奇跡が起こることを願うしかないレベルだった。
伊藤玲那はそれに対し、
「私が働いてこの子達の面倒を見ます…!」
と言ったが、それも現実的ではなかった。自立出来ない神河内沙奈と幼い子供を抱えて女手一つでその全てを面倒見るなど、見通しとしても楽観的すぎる。少なくとも彼にはそうとしか思えなかった。
そもそも、彼が最初に異変に気付いた時点で検査を受けていれば完治したという保証もない。自覚症状があったということは、その時点で既に手遅れだった可能性が高い。すべては<たられば>に過ぎない。確実なのは、今、目の前にある事実だけだ。
そして何より、彼にはもう、自分の役目は既に終えているという実感しかなかったのだった。
診断、<悪性新生物>。つまり癌である。彼の胃に出来たそれは胃壁から浸潤し、既に腹腔内にばら撒かれ、複数の箇所に転移が確認された。状態としては、<ステージⅣ>。厳密には正しくないが、一般的には<末期癌>と認識されているものだった。
『どうしてこんなことに…!』
それを知って一番ショックを受けたのは伊藤玲那だった。想定はしていたが、その想定の中でも最悪なものであったからだ。
「……?」
一方で神河内沙奈はあまり状況を理解出来なかったらしく、良和を抱いたままきょとんとしているだけだった。
伊藤玲那としては、あまりに迂闊で無自覚な神河内良久をあらん限りの言葉で罵倒してやりたかったが、彼女はそれを敢えて飲み込んだ。今さらそれを言ったところでこの状況が覆る訳ではない。むしろ目の前で彼を罵るのは、神河内沙奈や息子の良和の精神衛生上の点から見て最悪の選択だろう。なってしまったものは仕方がない。後は彼が回復することを願い、自分達に出来ることをするだけだった。
しかし、彼の体に巣食った病は、そんな伊藤玲那の願いを嘲笑うかのように容赦なく彼の体を蝕んでいった。既に複数の箇所に転移している為に外科的な手術も出来ず、抗がん剤も顕著な効果を見せず、彼の姿は見る間に衰えていった。
経済的に余裕があることから保険適用外の新しい治療法なども試そうと提案したが、彼は頑としてそれを拒んだ。
「そんなことをして、彼女とこの子の今後の生活はどうするつもりだ…?」
神河内沙奈には、自立できるだけの能力がなかった。彼の資産だけが頼みの綱である。それを使ってしまっては、親子三人、共倒れになってしまうかも知れない。彼はそれを認める訳にはいかなかった。確実に治る見込みがあるなら、一時的に財産を失っても自分がまた稼げばいい。しかしその可能性は、正直言ってもはや奇跡が起こることを願うしかないレベルだった。
伊藤玲那はそれに対し、
「私が働いてこの子達の面倒を見ます…!」
と言ったが、それも現実的ではなかった。自立出来ない神河内沙奈と幼い子供を抱えて女手一つでその全てを面倒見るなど、見通しとしても楽観的すぎる。少なくとも彼にはそうとしか思えなかった。
そもそも、彼が最初に異変に気付いた時点で検査を受けていれば完治したという保証もない。自覚症状があったということは、その時点で既に手遅れだった可能性が高い。すべては<たられば>に過ぎない。確実なのは、今、目の前にある事実だけだ。
そして何より、彼にはもう、自分の役目は既に終えているという実感しかなかったのだった。
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