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伊藤玲那の処分
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遂に起こってしまった事件に、学校は頭を抱えた。
事情を聴かれた多実徳英功は、
「僕が悪いんです……」
と、素直に自分が気持ちを抑えきれずに伊藤玲那に乱暴に迫ってしまったことが原因だと認め謝罪したのだが、彼の母親の宏香はそれでは納得せず、
「おたくの生徒が怪我させたんですよ!!」
などと声を上げ、傷害事件として刑事告訴すると息巻いたのである。
だが、事態を何とか学校内だけで収めたかった学校側は多実徳宏香側に気を静めてくれるように懇願。代わりに、すべての責任を伊藤玲那が負うこととして懲戒解雇する形を提案した。
最初は渋っていた多実徳宏香ではあったが、刑事事件になれば息子の多実徳英功が女性教師に乱暴しようとしたことも明るみに出ると気付くに至って、学校側の提案を落としどころと何とか納得しようとしたのだった。
無論、今回の事件では伊藤玲那はあくまで被害者である。責任を負わされるにしても本来ならそこまでの処分を受けるようなものではない筈だが、
「ご迷惑をお掛けしました……」
校長や校長に向かって深々と頭を下げ、彼女はそれを甘んじて受け入れた。山下沙奈の責任は問わないという交換条件を承諾してもらった上で。
こうして、放課後の小学校で起こったこの事件は、関係者以外の誰にも知られることなく内々で処理されたのだった。
「ごめんなさい…ごめんなさい……私のせいで……」
引き継ぎと私物の整理を終え学校を去る日、伊藤玲那は山下沙奈の前でそう言って泣いた。
「……? ?」
山下沙奈はそれに困惑し、これまで見せたことのない表情で彼女の姿を見ていた。
その後、伊藤玲那が校門から出ていく時、一人の男が彼女の前に跪き頭を地面に押し付けて、
「ごめんなさい、ごめんなさい、僕のせいで…!」
と、伊藤玲那が山下沙奈に掛けたのと同じ言葉が、今度は彼女に対して掛けられた。多実徳英功だった。
「何あれ……?」
「キモ……っ」
事情を知らない生徒達が何事かと訝しがる中、伊藤玲那はその場に膝をついて声をかけた。
「落ち着いて、多実徳くん。頭を上げて。悪いのは私だから、ね」
あくまで優しく掛けられるその言葉に、彼はおんおんと声を上げて泣いた。
『僕の所為だ……! 僕の所為だ……っ!』
慕っていた女性が愚かな自分の所為で謂れのない罰を受けたのだということを悔やんで泣いた。彼女は、その姿を見てすべてを許していた。
「多実徳くん……」
彼が自分の過ちに気付いてくれたのなら、自分の行いが誰かを傷付け苦しめることになるのだと気付いてくれたのならそれでよかった。
これが、山下沙奈が学校に通っていた時に起こった最後の事件の顛末である。
さらにその数日後、神河内家のリビングに、山下沙奈を前に授業を行う伊藤玲那の姿があった。
学校を解雇された彼女を、神河内良久が住み込みの家庭教師として雇ったのだ。給料を払う程度のことは彼の収入ならわけもなく、空き部屋はいくつもあったので、これが一番だとそうしたのであった。
事情を聴かれた多実徳英功は、
「僕が悪いんです……」
と、素直に自分が気持ちを抑えきれずに伊藤玲那に乱暴に迫ってしまったことが原因だと認め謝罪したのだが、彼の母親の宏香はそれでは納得せず、
「おたくの生徒が怪我させたんですよ!!」
などと声を上げ、傷害事件として刑事告訴すると息巻いたのである。
だが、事態を何とか学校内だけで収めたかった学校側は多実徳宏香側に気を静めてくれるように懇願。代わりに、すべての責任を伊藤玲那が負うこととして懲戒解雇する形を提案した。
最初は渋っていた多実徳宏香ではあったが、刑事事件になれば息子の多実徳英功が女性教師に乱暴しようとしたことも明るみに出ると気付くに至って、学校側の提案を落としどころと何とか納得しようとしたのだった。
無論、今回の事件では伊藤玲那はあくまで被害者である。責任を負わされるにしても本来ならそこまでの処分を受けるようなものではない筈だが、
「ご迷惑をお掛けしました……」
校長や校長に向かって深々と頭を下げ、彼女はそれを甘んじて受け入れた。山下沙奈の責任は問わないという交換条件を承諾してもらった上で。
こうして、放課後の小学校で起こったこの事件は、関係者以外の誰にも知られることなく内々で処理されたのだった。
「ごめんなさい…ごめんなさい……私のせいで……」
引き継ぎと私物の整理を終え学校を去る日、伊藤玲那は山下沙奈の前でそう言って泣いた。
「……? ?」
山下沙奈はそれに困惑し、これまで見せたことのない表情で彼女の姿を見ていた。
その後、伊藤玲那が校門から出ていく時、一人の男が彼女の前に跪き頭を地面に押し付けて、
「ごめんなさい、ごめんなさい、僕のせいで…!」
と、伊藤玲那が山下沙奈に掛けたのと同じ言葉が、今度は彼女に対して掛けられた。多実徳英功だった。
「何あれ……?」
「キモ……っ」
事情を知らない生徒達が何事かと訝しがる中、伊藤玲那はその場に膝をついて声をかけた。
「落ち着いて、多実徳くん。頭を上げて。悪いのは私だから、ね」
あくまで優しく掛けられるその言葉に、彼はおんおんと声を上げて泣いた。
『僕の所為だ……! 僕の所為だ……っ!』
慕っていた女性が愚かな自分の所為で謂れのない罰を受けたのだということを悔やんで泣いた。彼女は、その姿を見てすべてを許していた。
「多実徳くん……」
彼が自分の過ちに気付いてくれたのなら、自分の行いが誰かを傷付け苦しめることになるのだと気付いてくれたのならそれでよかった。
これが、山下沙奈が学校に通っていた時に起こった最後の事件の顛末である。
さらにその数日後、神河内家のリビングに、山下沙奈を前に授業を行う伊藤玲那の姿があった。
学校を解雇された彼女を、神河内良久が住み込みの家庭教師として雇ったのだ。給料を払う程度のことは彼の収入ならわけもなく、空き部屋はいくつもあったので、これが一番だとそうしたのであった。
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