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神河内良久の過去
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神河内良久は、あくまで書類上の保護者でしかなかった。彼は山下沙奈を<育てている>つもりは毛頭なかった。だから親子の情のようなものは存在しない。二人はあくまで同居人でしかなかったのだ。いや、同居人と呼ぶのも違和感があるだろう。やはり、たまたま同じ場所をねぐらにしている別の生き物と言った方が適切かも知れない。
その所為か、お互いを異性だなどとは認識していなかった。もちろん、外見上の性別くらいは認識しているし、彼女は藍繪汐治や網螺春喜に散々弄ばれてきたのだから男性がどういうものかも嫌というほど知っている。神河内良久もその男性の一人なのだということは承知している。だがそれと同時に、神河内良久は、藍繪汐治や網螺春喜とは違うということもまた、彼女は認識していた。だから落ち着いていられた。
自分がかつてされてきたことを忘れられるにはまだ早いし、そもそも忘れるなど出来ないだろう。伊藤玲那も自分がされたことを今も忘れることが出来ていないし、神河内良久もそうだった。
彼の場合は、実の母親だった。彼の母親は、彼が物心つく以前から彼を性の対象として弄び、己を満たしていた。それは、自分を捨てて出て行った夫への当てつけという意味があったのかも知れないし、夫の血を受け継いでいる息子を夫に見立てていたのかも知れない。しかしそれを確認する術はもはや永久に失われている。
彼の書類上の母親はまだ存命だし、血縁上の父親もまだ存命だが、それぞれ別の家庭を築いて平穏な暮らしをし、今では交流は全く無く、赤の他人以上に他人である。そして実の母親は、彼が九歳の時に自宅の梁にロープを掛けて、冷たくなってぶら下がっていた。
学校から帰ってその光景を目の当たりにした彼は、その後の三年間、言葉を失い記憶も曖昧となった。ただ、既に人間ではなくなってしまった母親の異常に長く伸びた首と、まったく意思を感じさせないガラス玉の如き目が虚空を見詰めていたということと、単なるモノと化した足から滴る雫だけは、今も鮮明に焼き付いている。そして、彼が作る人形の目は、この時の母親のそれを模したものでもあった。故に、彼の人形の目を見た人間は、そこに深淵を覗き見る想いを抱くのだろう。
このように、山下沙奈と神河内良久は、互いに自身の人間性を徹底的に蔑ろにされ捨てられた者同士であった。そういう者同士がこのように、他人には理解出来ない形でも良好な関係を築くなど、皮肉以外の何ものでもないと言えるのかも知れなかった。
その所為か、お互いを異性だなどとは認識していなかった。もちろん、外見上の性別くらいは認識しているし、彼女は藍繪汐治や網螺春喜に散々弄ばれてきたのだから男性がどういうものかも嫌というほど知っている。神河内良久もその男性の一人なのだということは承知している。だがそれと同時に、神河内良久は、藍繪汐治や網螺春喜とは違うということもまた、彼女は認識していた。だから落ち着いていられた。
自分がかつてされてきたことを忘れられるにはまだ早いし、そもそも忘れるなど出来ないだろう。伊藤玲那も自分がされたことを今も忘れることが出来ていないし、神河内良久もそうだった。
彼の場合は、実の母親だった。彼の母親は、彼が物心つく以前から彼を性の対象として弄び、己を満たしていた。それは、自分を捨てて出て行った夫への当てつけという意味があったのかも知れないし、夫の血を受け継いでいる息子を夫に見立てていたのかも知れない。しかしそれを確認する術はもはや永久に失われている。
彼の書類上の母親はまだ存命だし、血縁上の父親もまだ存命だが、それぞれ別の家庭を築いて平穏な暮らしをし、今では交流は全く無く、赤の他人以上に他人である。そして実の母親は、彼が九歳の時に自宅の梁にロープを掛けて、冷たくなってぶら下がっていた。
学校から帰ってその光景を目の当たりにした彼は、その後の三年間、言葉を失い記憶も曖昧となった。ただ、既に人間ではなくなってしまった母親の異常に長く伸びた首と、まったく意思を感じさせないガラス玉の如き目が虚空を見詰めていたということと、単なるモノと化した足から滴る雫だけは、今も鮮明に焼き付いている。そして、彼が作る人形の目は、この時の母親のそれを模したものでもあった。故に、彼の人形の目を見た人間は、そこに深淵を覗き見る想いを抱くのだろう。
このように、山下沙奈と神河内良久は、互いに自身の人間性を徹底的に蔑ろにされ捨てられた者同士であった。そういう者同士がこのように、他人には理解出来ない形でも良好な関係を築くなど、皮肉以外の何ものでもないと言えるのかも知れなかった。
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