神河内沙奈の人生

京衛武百十

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お風呂遊び

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『なんでこんな面倒臭い…』

彼女が風呂に入ってる間、彼は、学用品全てに名前を書く作業に追われていた。これが実に面倒臭い。何度も途中で投げ出しそうになりつつも、生来の生真面目さからどうにか完遂した。後は、学校の方に届けられる予定の体操服にゼッケンをつける作業がある。手先が器用でものづくりに長けた彼にとってはその程度の作業は造作もないから特に面倒な部分についてはほぼ終わったと言えるだろう。

彼女に学校の用意をさせるのはまだ無理ということで、それも彼が行った。ランドセルに新品の筆箱や下敷きや国語の教科書を入れ、ランドセル横のフックに防犯ベルを吊るし、上履きをきんちゃく袋に入れ、一通りの用意は終わった。

その後、自分も風呂に入る。彼女がまだ風呂に入ったままだが、気にしない。彼女の方も、一応警戒はするものの特に嫌がるでもなく湯船に浸かっていた。お互い一切視線も合わさず、かつ一定の緊張感は漂わせつつ、彼が体を洗い湯船に入ってくると彼女は湯船から出て、洗面器にたまった湯をいじって遊んでいた。その後、彼が湯船から上がるとまた入れ替わるように湯船に入り、湯の表面に走る波紋を興味深げに眺めてたりしたのだった。

この家での入浴は、基本的にこういう形に落ち着いていた。最初の頃は完全に別々に入るようにしていたが、早いうちに上がらせると明らかに不機嫌そうな様子になるのに気付いた彼が、彼女が最低限満足する一時間ほど遊ばせてから上がらせて入れ替わりに入るようになり、しかし彼女の都合に合わせて入る時間を決めるのも面倒だということで、こうなったのである。

その上で、二時間ほど遊ばせてから上がるように促すと、見た目には分かりにくいが割と機嫌よく従ってくれるようには思えた。湯は保温されてるし、水分は勝手に湯船の湯を飲んでるようなので脱水症状の心配はなくても、さすがにそれ以上は事故などの危険性も考慮するとやはり厳しいと言えるだろう。今でも、風呂の中の気配が届く場所で、なるべく意識をそちらに向けつつ寛ぐようにしてたりするのだ。情はなくとも、事故など起こされても敵わない。

彼女の気配を感じつつ、彼は、次の人形制作に取り掛かっていた。作る人形のイメージを掴む為、簡単な絵をスケッチブックに描く。求められるのは、やはり少女の人形が多かった。彼が主に作るのは、球体関節人形と呼ばれる、手足の関節を動かせる人形だ。大きさとしては人間の三分の一程度で、顔や体の造りが非常にリアルな、高価な着せ替え人形とでも言えばいいのか。

現在、このジャンルでは、神玖羅かみくらと名乗る彼、神河内良久かみこうちよしひさと、山下典膳やまもとてんぜんと名乗る人形作家が、人気を二分していたのであった。 

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