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ひらめいてしまった

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オオカミ竜オオカミとしては知能の高いジャックでさえ、論理よりは感覚で生きていた。だから『逃げていい』と言葉で説かれても理解はできなかっただろうし信じることもできなかっただろう。

しかしその一方で、最近仲間に加わったオオカミ竜オオカミがこの場から逃げ出すのを見た瞬間に、ひらめいてしまった。

<逃げても大丈夫という空気感>

がそこに生じたのを察した。

『ギュアアアアーッッ!!』

普段とは違う咆哮。聞く者の神経を逆撫でし、不快感を与える系統の音。

『逃げろ!!』

という意味のそれだった。

『ギュアッ!! ギュアアアアアアーッッ!!』

ジャックは何度も吠えた。

『逃げろ!! 逃げろおおーっっ!!』

と。仲間に対して、とにかく今すぐ、ここから一目散に逃げろと、ひたすら逃げろと、逃げのびろと、強く強く命じた。

「!?」

突然の命令に仲間たちは戸惑う。『逃げろ』と言われているのだというのは察したが、しかしこれまでに耳にしたことのないボスの切羽詰まった様子の声に、頭が混乱する。

だからすぐには逃げられなかった。特に昔からの仲間達は。

その一方で、最近仲間に加わった者達は、我先にと逃げ始めたが。

「グルッ!?」

この異常事態に、ジョーカーの兄は、ジャックに視線を向ける。どうしていいのか確認を取ろうとしたのかもしれない。それに気付いたジャックも、再び、

「ギュアアアアアーッッ!!」

悲痛なまでの声を上げた。そこでようやくジョーカーの兄も、

「ギュアアアアアーッッ!!」

ジャックを真似て吠えた。吠えつつ一目散に逃げ始めた。これを受けて仲間達もようやく命令に従い逃げていく。

だが、ジャックは逃げなかった。仲間達が完全に逃げていくのを確認するために。

そして、ジョーカーとクイーンの子供も逃げ始めたのを確認した時、それを追おうとしたレオンがいたことで、ジャックはそのレオンに対して襲いかかる。

すると、レオンはレオンで、仲間を守るために、ジャックに襲いかかった。

何人ものレオンに食らい付かれ、それでもジャックは諦めない。その程度のことで諦めるはずもない。仲間を逃がすために殿しんがりは引き受けたものの、別に死ぬつもりはなかったのだ。

ゆえに、渾身の力でレオンらを弾き飛ばす。そして自分が逃げようとしていた先に立ちふさがるように身構えていたレオンに体当たりをお見舞いしようと頭を下げた。

その一撃をもろに食らえば、おそらくただでは済まなかっただろう。それほどのものだった。だからレオンを守るために戦っていたアラニーズとしては、決断するしかなかった。

確実にレオンを守るための決断を。

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