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経験が活きる

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ジョーカーが襲い掛かったのは、群れを巣立って一頭で彷徨っていた雄だった。それが何とも間の悪いことに彼の兄だったのだ。彼より一年前に生まれた。だからジョーカーの目にはその雄しか目に入っていなかった。

対してクイーンは、ジャックに狙いを定めて襲い掛かる。他の仲間も同時に。立派な体躯をした<ボス>だからこそ皆でかかって倒すつもりだろう。

だが、ジャックはとても利口だった。指揮を執っているのがクイーンであり、しかもその様子が明らかにまともでないことをすぐに察する。

これはもしかすると、ラーテル竜ラーテルと遭遇した時の恐ろしい経験が活かされたのかもしれない。ラーテル竜ラーテルの、

<頭のネジが何本も外れた凶状>

が連想され、同じ臭いをそこに感じ取ってしまったのだと思われる。そしてその経験を確実に活かすジャックだからこそ、クイーンと対峙しても狼狽えたりしなかったのだろう。

『この<頭のおかしい相手>に手加減をしていては自分だけでなく仲間の命も危うい』

それを感じ取ってしまったら、<戦闘シーンを盛り上げるための演出>などしない。そしてこの<敵>にどんな背景があろうが事情があろうが、関係ない。優先するべきは自分と仲間の命であり、この初めて顔を合わせた得体のしれない何者かの命ではない。

だからジャックは、この時に彼が持つ最大の力をもって迎え撃った。頭突きのために頭を下げたジャックを無視してその首に食らい付こうとしたクイーンのさらに裏をかいて、前足の爪を目に突き立てたのだ。まったく躊躇なく。

「ギャアアアーッッ!!」

まさかの攻撃に、さすがのクイーンも悲鳴を上げる。なにしろジャックの前足の爪は彼女の眼窩を通り抜け脳にまで達したのだから。普通はもうこれで勝負は決する。片目を潰され脳にまで損傷を受けたとなれば、長くは生きられない。

なのにクイーンは、頭を振ってジャックの爪を振りほどいた。すると彼の爪に引っ掛かった目玉が眼窩からこぼれ、視神経が紐のように伸びて目玉を引っ張り、ようやく爪から外れてまるで<けん玉の弾>のごとく、宙を舞う。

さらにクイーンはまったく気にするでもなく残った方の目に狂気を宿らせジャックを睨みつつ再び食らい付いてきた。どこまでも狂っている。

だが、ジャックも、その<狂気>をすでに知ってた。知っていたから怯むことなく対処ができた。自身の体を潰れたクイーンの目の側に翻し、死角から全力の頭突きを叩きつけたのである。

クイーンを援護するために襲い掛かってきた奴ごと。

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