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別に舐めてるわけじゃねえよ

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どんな相手か詳細は分からねえが、正直な印象としちゃあ、カマキリ怪人を前にしてる時ほどのヤバさは感じねえ。

別に舐めてるわけじゃねえよ。肌にチリチリと刺さってくるほどのもんがねえってえだけだ。

それでも、条件としちゃあ向こうの方が有利だってのは間違いねえな。当然、油断なんざできねえし。

だからクソほど集中する。そしたら、

「ふっ……!」

と短い呼気を発したのが分かった。瞬間、俺の体も反応する。

首筋に焼けるような気配があって、真正面から熱が近付いてくる。ふん! 真っ向勝負ってか? 俺がちゃんと見えてねえのを察したか。

けどなあ、俺にとっちゃむしろありがてえんだよ!

正面から近付いてくる熱の塊の真ん中目掛けてまったく手加減なしの崩拳を叩き込む。

俺の首を狙って伸ばされた手をすり抜けて、踏み出した足を地面に叩きつけ、縦にした拳を真っ直ぐぶち込んでやる。

その拳に柔らかい毛皮の感触があった瞬間、たぶん、これまでの人生の中で最高の手応えが拳から腕を通して背中まで走り抜けた。とんでもねえ気持ちよさだった。絶頂するかと思ったぜ。

マジでこんなことあるんだな。

そしたらよ、そいつの体ん中で何かが爆発したみてえな感触があった。まさか本当に爆発したわけじゃねえだろうが、俺が生じさせた威力が全部、一点に集中したってえことだったんだろうな。

やれやれ、ここにきてこんな経験するたあ、びっくりだ。

「げっっ!?」

そいつは短く声を発してその場に膝をついた。そのままぐったりと蹲るのが分かる。反撃もしてこねえ。したくてもできなかったんだろうな。

もう体が言うことを聞かなくてよ。

俺としてもそいつにかまってる暇もねえしな。急いで蟷姫とうきのいる巣に上る。

「!?」

途中、俺の顔に、何かの雫が落ちてくる。けどそれは、血でも小便でもなかった。臭いが違え。

けど、確かに嗅いだことのある臭い。頭に麻沙美の姿がよぎる。

『羊水か……!』

ってことは破水した? いよいよか!

俺は、そのまま床をぶち抜いて赤ん坊を引っ攫うつもりだった。それくらいしか思いつかねえんだよ。だから十分に手が届くところまで上って、拳を叩き込む体制を取って……!

だがそんな俺の耳に届いてくる音。

「キキキ……キリキリキリ……」

カマキリ怪人の声……? 蟷姫とうき…じゃねえ?

拳で床を突き破る寸前で止めて、俺は改めて聞き耳を立てた。そうしたらやっぱし、

「キキキキ……」

ってえ声が。カマキリ怪人のそれにゃ違いねえのに、蟷姫とうきのじゃなくて、しかもなんか弱っちい感じ。

赤ん坊か……!

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