こおりのほしのねむりひめ(ほのぼのばーじょん)

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
84 / 88

しおりを挟む
その日、ひめは、メンテナンスカプセルがある部屋で一人、メンテナンス用ナノマシンが封入されたボトルを手に静かに佇んでいた。

『何とか大事に使ってきましたが、これが最後ですか…』

そんなことを思う。

彼女をメンテナンスする為に必要なナノマシンを、メーカーが保証する使用限度を遥かに超えて、理論値ぎりぎりまで何度も使うようにして節約してきたけれど、それももう残すは一本だけとなっていた。

『あれから五百年。むしろよくもった方だと言うべきでしょう。本来ならもうとっくに尽きていたはずですから。

これがなくなれば、まったくメンテナンスを受けられなくなれば、私が機能を健全に保てるのはせいぜい百年。それまでは尽くすだけです』

ボトルをそっと棚に戻し、ひめは落ち着いた様子で部屋を出た。

すると、

浅葱あさぎ様……」

ひめの為に整備された<居住スペース>から氷窟に戻った彼女の前に、浅葱あさぎが立っていた。

いや、違う。浅葱あさぎではあるが、浅葱あさぎではない。そこにいたのは、<ひめを掘り当てた浅葱あさぎ>ではない浅葱あさぎだった。彼女によく似ているが、同じ浅葱あさぎ色の瞳と髪をもっているが、まぎれもなく別人だった。

そう、その少女は、<あの浅葱あさぎの子孫>なのである。五百年の時を超えて、同じ名を持って、そして、あの浅葱あさぎが掘っていた氷窟を代々引き継いできた、浅葱あさぎの子孫達の一人。

「今日の仕事は終わった。一緒に帰ろう」

五百年前と変わらない物言いで、その浅葱あさぎはひめに声を掛けた。もちろんひめも、

「わざわざありがとうございます。一緒に帰りましょう」

と笑顔で応える。

その浅葱あさぎも、かつての浅葱あさぎと同じで、両親を亡くしていた(どちらも病でという点は異なるが)。しかしあの浅葱あさぎと違うのは、彼女の<師>は重蔵じゅうぞうではなく、ひめだということである。ひめはあれからずっと、砕氷さいひ達を指導する役目を担ってきた。この浅葱あさぎもまた、そんな<弟子>の一人でもあると同時に、ひめの<娘>でもあった。

ひめの<弟子>はもうこれまでに百人を超えている。その中には重蔵じゅうぞう開螺あくらの子供達もいる。そして重蔵じゅうぞう開螺あくらだけでなく、圭児けいじ遥座ようざ始閣しかく九縁くぶち宗臣ときおみ蓮杖れんじょう角泉かくせん釈侍しゃくじらの子孫もいる。

みな、ひめの弟子であり、息子であり、娘なのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...