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その日、ひめは、メンテナンスカプセルがある部屋で一人、メンテナンス用ナノマシンが封入されたボトルを手に静かに佇んでいた。

『何とか大事に使ってきましたが、これが最後ですか…』

そんなことを思う。

彼女をメンテナンスする為に必要なナノマシンを、メーカーが保証する使用限度を遥かに超えて、理論値ぎりぎりまで何度も使うようにして節約してきたけれど、それももう残すは一本だけとなっていた。

『あれから五百年。むしろよくもった方だと言うべきでしょう。本来ならもうとっくに尽きていたはずですから。

これがなくなれば、まったくメンテナンスを受けられなくなれば、私が機能を健全に保てるのはせいぜい百年。それまでは尽くすだけです』

ボトルをそっと棚に戻し、ひめは落ち着いた様子で部屋を出た。

すると、

浅葱あさぎ様……」

ひめの為に整備された<居住スペース>から氷窟に戻った彼女の前に、浅葱あさぎが立っていた。

いや、違う。浅葱あさぎではあるが、浅葱あさぎではない。そこにいたのは、<ひめを掘り当てた浅葱あさぎ>ではない浅葱あさぎだった。彼女によく似ているが、同じ浅葱あさぎ色の瞳と髪をもっているが、まぎれもなく別人だった。

そう、その少女は、<あの浅葱あさぎの子孫>なのである。五百年の時を超えて、同じ名を持って、そして、あの浅葱あさぎが掘っていた氷窟を代々引き継いできた、浅葱あさぎの子孫達の一人。

「今日の仕事は終わった。一緒に帰ろう」

五百年前と変わらない物言いで、その浅葱あさぎはひめに声を掛けた。もちろんひめも、

「わざわざありがとうございます。一緒に帰りましょう」

と笑顔で応える。

その浅葱あさぎも、かつての浅葱あさぎと同じで、両親を亡くしていた(どちらも病でという点は異なるが)。しかしあの浅葱あさぎと違うのは、彼女の<師>は重蔵じゅうぞうではなく、ひめだということである。ひめはあれからずっと、砕氷さいひ達を指導する役目を担ってきた。この浅葱あさぎもまた、そんな<弟子>の一人でもあると同時に、ひめの<娘>でもあった。

ひめの<弟子>はもうこれまでに百人を超えている。その中には重蔵じゅうぞう開螺あくらの子供達もいる。そして重蔵じゅうぞう開螺あくらだけでなく、圭児けいじ遥座ようざ始閣しかく九縁くぶち宗臣ときおみ蓮杖れんじょう角泉かくせん釈侍しゃくじらの子孫もいる。

みな、ひめの弟子であり、息子であり、娘なのだった。

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