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訓示

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ようやくやぐらを登り切った九縁くぶちだったが、ここからまたさらに氷窟の中を上ることになる。

永久凍土の氷窟の中は一気に気温が下がり、専用の防寒具を身に付けていても下手に大きく呼吸すると冷気で胸が痛くなるような場所である。フードで頭を覆って自らの体温で温めた空気をゆっくりと吸い込み、呼吸を整える。子供であってもそういうことを当たり前の常識として承知していた。

鼓動を意味するという濃い橙色のギザギザのマークが描かれたフードが膨らんだり縮んだりする様子を見てひめも思う。

『生きる為の方法をちゃんと知ってるのはすごいです』

「もう大丈夫だ」

その言葉通り、落ち着いた様子の九縁くぶちのバイタルサインを確認し、ほぼ正常に戻ったことをひめも確認した。大した心肺機能である。この世界に適応する為に自然に鍛えられたのだろう。

それからさらにひめが掘っている氷窟の先端までは、高度にして四百メートル。移動距離にして数キロを歩かないといけない。幼い子供にとっては非常に過酷な道程だが、他の惑星でなら児童虐待と言われても仕方のない行程だが、これもまた必要な登竜門と言える。

『私がしっかり体調把握をしておかないと』

ひめも、かつての社会にいた時にはきっと、『児童虐待の恐れがあります。中止するべきだと判断します』と具申していただろう。場合によっては警察等に通告していた可能性も高い。けれどここにでは、その考え方は通用しない。

それに。

「無理はするな。自分にできることとできないことの区別もつけられない奴は砕氷さいひにはなれない」

と、浅葱あさぎが、始閣しかく九縁くぶちにそう告げる。これは、ほかならぬ浅葱あさぎ自身が重蔵じゅうぞうからしっかりと申し送られた訓示だった。そしてそれは、しっかりと浅葱あさぎ自身に根付いている。

始閣しかく九縁くぶちも、先輩砕氷さいひからの言葉として、真剣に耳を傾けていた。

『この信頼関係があればきっと大丈夫でしょう』

決してただ理不尽で非合理的な苦行を強いるのではない、あくまで本人の意思と客観的な体調管理の上で実行可能な範囲で努力するという形がとられているのが分かるからこそ、ひめも敢えて口出しせずにいられる。

『それに、いざとなれば私が救急対応をとればいいですからね』

万が一の際の対応をシミュレーションしつつ、ひめは三人の後ろを黙って歩いたのだった。

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