こおりのほしのねむりひめ(ほのぼのばーじょん)

京衛武百十

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会議

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「すまん、ひめを貸してくれ」

その日もまた、市長の舞華まいかが、砕氷さいひとしての仕事に出る前の浅葱あさぎの家を訪れてそう言った。このところ、三日に一度の割合でそうやって呼び出されている状態だった。

「はい」

浅葱あさぎがその申し出を断る訳もなく、浅葱あさぎが承諾するならひめも断る訳もなく、トラックに乗り込んで出掛けてしまう。

「……」

それを見送った後、浅葱あさぎは一人、砕氷さいひとしての仕事に向かった。

『これが本来だから』

自分にそう言い聞かせて。

しかし、一方のひめとしては、舞華まいかに連れられて来たものの、そこでは折守おりかみ市内の企業の技術的な分野についての相談事が殆どだった。

『正直、ネットワーク通信が発達していれば、わざわざこうやって直接出向かなくてもいいものって感じかな』

それが偽らざる印象だった。で、

「そうだ。こういうのは用意できませんか?」

と、舞華まいかに向かって持ち掛けたのだった。



そして、重蔵と開螺あくらの結婚を知らせる為の集まりが行われる直前、ひめが市長の舞華まいかに依頼していたものが、浅葱あさぎの家へと運び込まれた。

二十四インチの大型テレビ(ここではこれでもかなりの大型の部類に入る)と、テレビカメラと、その他諸々、浅葱あさぎには何をするものなのかさっぱり分からないような機材だった。

「テレビ会議用の機材です」

ひめが呆然としている浅葱あさぎに告げるが、それでも彼女にはよく分からなかったようだ。

そんな風に浅葱あさぎが困惑している間にも、テレビ会議用の機材の設置が、使っていなかった部屋で完了した。そこを<会議室>として使うことになる。

「……」

何が何だか分からないが、その中でも、自分の家にテレビカメラが据え付けられたことに、浅葱あさぎは驚きを隠せなかった。と言っても、一目見て分かるような驚き方ではなく、ただ呆然としているだけのようではあったが。

もちろん、設置の許可はあらかじめ取っている。しかし浅葱あさぎにとってはピンとこない話であったことも事実だった。それが現実になってしまって驚いているのである。

だが、

「これで、一緒に仕事に行けますね」

と、ひめがにっこりと笑ってみせた。

そう。これにより、砕氷さいひとしての仕事を終えた後で、家で<会議>ができるようになったのだ。実際に現場に赴かないといけないようなものについてはやはりそちらに行くことになるが、少なくとも、<会議>だけで済むような用事の場合は、砕氷さいひとしての仕事を休まなくても済むようになったのだった。

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