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出迎え
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今日の作業を終えて<ひめ>と一緒に家に帰った浅葱の前に、千治が立っていた。二人の帰りを待っていたのだ。
「すまん、ひめをしばらく貸してもらえないか」
「……」
緊張した面持ちの千治の口調におよそ断ることとができそうにないものを感じ、浅葱は黙って頷いた。
「助かる。ひめ、市長のところに一緒に行ってくれ」
そういう千治の背後に、ダブルデッキの履帯トラックが近付いてきた。助手席には清見村の村長である美園と秘書の一人、運転席にはもう一人の秘書の姿が見えた。三人が横並びで座るには小さなトラックで、分厚い防寒コートを着ていてはそれこそ見た目にも窮屈そうだったが、この世界の自動車は別に長距離を走る訳でもドライブを楽しむ為にある訳でもないので、それで不満が出ることはない。
ダブルデッキの後部座席に千治が乗り込んだ時、にこやかな表情でひめが言った。
「私は荷台で大丈夫です。美園様が千治様と一緒に後部座席に座ってください」
「お…、おお、そうか」
普段はそんな気遣いをされることはまずないので、美園は戸惑ったが、ひめがひらりと荷台に乗り込んだことで千治と後席に座ることになった。
そして浅葱に見送られ、荷台にひめを乗せた履帯トラックはUターンして走り去ってしまった。
時速二十キロほどの速度で走り、三十分と掛からずひめ達は市長の執務室のある建物へとやってくる。それを、秘書三人を引き連れた市長の舞香自身が出迎える。テロなどはまずないので、その辺りはわりと大雑把だった。
そのまま皆で会議室へと向かい、席に着く。
会議室には、舞華を筆頭に、千治、ひめ、及び地熱発電所所長の仁左と彼の秘書、地熱発電所技術主任、そして舞華の秘書三人の九人が顔を合わせる形となった。
ここでは形式ばった前置きや前口上といったものは既に廃れている。必要な人間が揃えばすぐに本題に入るだけだ。
「<あさぎ>、いや、今は<ねむりひめ>か、実はお前に確認したいことがあって来てもらった」
そう語り掛ける舞華にひめは「なんですか?」と笑顔のままで簡潔に応える。その緊張感の欠片もない様子に舞華は戸惑いながらも回りくどい言い方はしない。
「お前には地熱発電所に関する知識はあるか? あるのなら力を貸してほしいのだ」
「地熱発電所ですか? 非常に簡易な発電システムだし、私のデータベースにも概要については情報があります。お役に立てるのでしたら協力します」
「そうか。ではさっそく、こちらの発電所のスタッフと共に発電所に出向いてもらって彼らに助力してやってほしい。
発電システムに重大なトラブルが生じているのだ」
「すまん、ひめをしばらく貸してもらえないか」
「……」
緊張した面持ちの千治の口調におよそ断ることとができそうにないものを感じ、浅葱は黙って頷いた。
「助かる。ひめ、市長のところに一緒に行ってくれ」
そういう千治の背後に、ダブルデッキの履帯トラックが近付いてきた。助手席には清見村の村長である美園と秘書の一人、運転席にはもう一人の秘書の姿が見えた。三人が横並びで座るには小さなトラックで、分厚い防寒コートを着ていてはそれこそ見た目にも窮屈そうだったが、この世界の自動車は別に長距離を走る訳でもドライブを楽しむ為にある訳でもないので、それで不満が出ることはない。
ダブルデッキの後部座席に千治が乗り込んだ時、にこやかな表情でひめが言った。
「私は荷台で大丈夫です。美園様が千治様と一緒に後部座席に座ってください」
「お…、おお、そうか」
普段はそんな気遣いをされることはまずないので、美園は戸惑ったが、ひめがひらりと荷台に乗り込んだことで千治と後席に座ることになった。
そして浅葱に見送られ、荷台にひめを乗せた履帯トラックはUターンして走り去ってしまった。
時速二十キロほどの速度で走り、三十分と掛からずひめ達は市長の執務室のある建物へとやってくる。それを、秘書三人を引き連れた市長の舞香自身が出迎える。テロなどはまずないので、その辺りはわりと大雑把だった。
そのまま皆で会議室へと向かい、席に着く。
会議室には、舞華を筆頭に、千治、ひめ、及び地熱発電所所長の仁左と彼の秘書、地熱発電所技術主任、そして舞華の秘書三人の九人が顔を合わせる形となった。
ここでは形式ばった前置きや前口上といったものは既に廃れている。必要な人間が揃えばすぐに本題に入るだけだ。
「<あさぎ>、いや、今は<ねむりひめ>か、実はお前に確認したいことがあって来てもらった」
そう語り掛ける舞華にひめは「なんですか?」と笑顔のままで簡潔に応える。その緊張感の欠片もない様子に舞華は戸惑いながらも回りくどい言い方はしない。
「お前には地熱発電所に関する知識はあるか? あるのなら力を貸してほしいのだ」
「地熱発電所ですか? 非常に簡易な発電システムだし、私のデータベースにも概要については情報があります。お役に立てるのでしたら協力します」
「そうか。ではさっそく、こちらの発電所のスタッフと共に発電所に出向いてもらって彼らに助力してやってほしい。
発電システムに重大なトラブルが生じているのだ」
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