こおりのほしのねむりひめ(ほのぼのばーじょん)

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
30 / 88

出迎え

しおりを挟む
今日の作業を終えて<ひめ>と一緒に家に帰った浅葱あさぎの前に、千治せんじが立っていた。二人の帰りを待っていたのだ。

「すまん、ひめをしばらく貸してもらえないか」

「……」

緊張した面持ちの千治の口調におよそ断ることとができそうにないものを感じ、浅葱あさぎは黙って頷いた。

「助かる。ひめ、市長のところに一緒に行ってくれ」

そういう千治の背後に、ダブルデッキの履帯トラックが近付いてきた。助手席には清見きよみ村の村長である美園みそのと秘書の一人、運転席にはもう一人の秘書の姿が見えた。三人が横並びで座るには小さなトラックで、分厚い防寒コートを着ていてはそれこそ見た目にも窮屈そうだったが、この世界の自動車は別に長距離を走る訳でもドライブを楽しむ為にある訳でもないので、それで不満が出ることはない。

ダブルデッキの後部座席に千治が乗り込んだ時、にこやかな表情でひめが言った。

「私は荷台で大丈夫です。美園みその様が千治せんじ様と一緒に後部座席に座ってください」

「お…、おお、そうか」

普段はそんな気遣いをされることはまずないので、美園は戸惑ったが、ひめがひらりと荷台に乗り込んだことで千治と後席に座ることになった。

そして浅葱あさぎに見送られ、荷台にひめを乗せた履帯トラックはUターンして走り去ってしまった。

時速二十キロほどの速度で走り、三十分と掛からずひめ達は市長の執務室のある建物へとやってくる。それを、秘書三人を引き連れた市長の舞香まいか自身が出迎える。テロなどはまずないので、その辺りはわりと大雑把だった。

そのまま皆で会議室へと向かい、席に着く。

会議室には、舞華を筆頭に、千治、ひめ、及び地熱発電所所長の仁左じんざと彼の秘書、地熱発電所技術主任、そして舞華の秘書三人の九人が顔を合わせる形となった。

ここでは形式ばった前置きや前口上といったものは既に廃れている。必要な人間が揃えばすぐに本題に入るだけだ。

「<あさぎ>、いや、今は<ねむりひめ>か、実はお前に確認したいことがあって来てもらった」

そう語り掛ける舞華にひめは「なんですか?」と笑顔のままで簡潔に応える。その緊張感の欠片もない様子に舞華は戸惑いながらも回りくどい言い方はしない。

「お前には地熱発電所に関する知識はあるか? あるのなら力を貸してほしいのだ」

「地熱発電所ですか? 非常に簡易な発電システムだし、私のデータベースにも概要については情報があります。お役に立てるのでしたら協力します」

「そうか。ではさっそく、こちらの発電所のスタッフと共に発電所に出向いてもらって彼らに助力してやってほしい。

発電システムに重大なトラブルが生じているのだ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴
ファンタジー
歪なる怪物「害獣」の侵攻によって緩やかに滅びゆく世界にて、「アーマメントビースト」と呼ばれる兵器を操り、相棒のアンドロイド「カルマ」と共に戦いに明け暮れる主人公「真継雪兎」  ある日、彼はとある任務中に害獣に寄生され、身体を根本から造り替えられてしまう。 乗っ取られる危険を意識しつつも生きることを選んだ雪兎だったが、それが苦難の道のりの始まりだった。 次々と出現する凶悪な害獣達相手に、無双の機械龍「ドラグリヲ」が咆哮と共に牙を剥く。  延々と繰り返される殺戮と喪失の果てに、勇敢で臆病な青年を待ち受けるのは絶対的な破滅か、それともささやかな希望か。 ※小説になろう、カクヨム、ノベプラでも掲載中です。 ※挿絵は雨川真優(アメカワマユ)様@zgmf_x11dより頂きました。利用許可済です。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...