こおりのほしのねむりひめ(ほのぼのばーじょん)

京衛武百十

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マスター

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『お前のものにすればいい』

千治せんじにそう言われ、浅葱あさぎは思わずその場にいる人間達を見回していた。本当にそうして良いのか戸惑ってしまったからだ。

バディの扱いについては慎重であるべきと考える老技術者の二人は「それは…!」と口を挟もうとしたが、市長の舞香まいかがそれを制した。

「私が責任を持つ。何より発掘品の権利は見付けた砕氷さいひにあるというのが絶対の掟だ。それを破ってはこの世界は成り立たない」

舞香の言うとおりだった。この世界において、砕氷さいひの存在はとても重要だった。砕氷さいひがいなければ、この世界はとうに滅びていただろう。彼らが持ち帰る発掘品により根幹が成り立っているのだ。だからこそ、発掘品の権利はそれを見付けた砕氷さいひが持つ。それがどれほど危険なものであっても。

蒸気配管が破損し危機に晒された者達に自身が発掘した大型電気ヒーターを重蔵が提供したのも、掘り当てた彼がそれを望んだからである。市の方でも大急ぎで蒸気配管を直していたがそちらはどうしても時間がかかってしまう。そしてそこに住んでいた者達の中に彼の幼馴染がいたからだ。彼にとっては初恋の相手でもあったその女性の為に、重蔵は迷うことなく砕氷さいひとしての権利を行使した。

その女性は、元々あまり体が丈夫な方ではなかったこともあり、先日、息を引き取った。しかし、重蔵がもたらした電気ヒーターがよく効いた暖かい部屋で静かに事切れたその女性の表情は、とても安らかなものだったという。

砕氷さいひとは、そういうものなのだ。

だからこのバディを掘り当てた浅葱あさぎが権利を持つのは当然のことなのである。

「……」

改めてこくりと頷いた舞香に促されるように、浅葱あさぎは意を決して声を発した。

加羅浅葱からあさぎ。それが私の名前だ。お前を私のものにする」

それを確認すると同時に、<あさぎ>が応えた。

「はい、分かりました。からあさぎ様が新しい私のマスターですね。

からあさぎ様。私も<あさぎ>といいます。どうぞ末永くよろしくお願いします」

そう言って<あさぎ>は、輝くような笑顔を見せた。それは、この世界の人間達が失ってしまった、底抜けに明るくて穏やかで柔らかい笑みだった。

むしろ浅葱あさぎ達にとっては奇異にさえ映るそんな笑顔なのに、彼女をはじめとしたその場にいた者達は皆、<あさぎ>の笑顔に心を奪われるような錯覚さえ覚えていた。

『なるほどこれは、世界をひっくり返すかもしれん…』

自分が責任を負うと宣言した舞香だったが、その言葉の重さを今更ながらに感じていたのだった。

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