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デザート
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「やっぱりお前もただの怪物なんだな……!」
赤い四つの目で自分を見詰める僕に対して、吉佐倉さんは強い言葉を投げつけた。
その彼女の内部に噴き上がった憎悪が、ぎりぎりと音を立てそうなくらいに凝り固まって力を増していくのが分かる。
そして、彼女の中に湧き始めていたある疑念を押し流していく。
『もしかしたらこの黒い獣って、神河内さんの生まれ変わりとか……?』
不自然に自分達に親切だったことで、そんな風にも思ってしまっていたのだ。だけど、その、<神河内さんの生まれ変わりかもしれない黒い獣>が人間の遺体を貪り食う様を見て、それはきれいさっぱり消し飛んだ。
『あの神河内さんがこんなことするはずない……!』
って……
「……」
しかし、僕は何も反応も返さなかった。ただ黙って見詰めるだけだ。
けれどそれは、表面上だけでしかない。
僕は、黒迅の牙獣は、淡々と思考していたのだ。
『彼女の中で憎悪の塊が膨れ上がっている……
強い、強い憎悪だ。
それが、彼女の命を回している。
そうだ。もっと憎め。もっと怨め。もっと怒れ。
もっと…もっとだ……!』
そして僕は瓦礫の下から引っ張り出した遺体を前足で踏みつけ、ぞぶりと牙を突き立て、ぶちぶちと引きちぎり、ぐちゃぐちゃとわざと音をたてながら貪った。
それをごくりと飲み下すと、再び遺体に食らいつき、今度は骨ごとバキバキと食いちぎる。
彼女達に見せ付ける為に。
何故そんなことをするのか?
彼女達に思い知らせる為だ。僕がいかに恐ろしくおぞましい、人間とは決して相容れることのない狂気の怪物であるかということを。
人間にとっては嫌悪と憎悪と恐怖の対象でしかないということを。
僕が遺体を貪るほどに、吉佐倉さんの中の憎悪が増し、それが激しく彼女の<命>を回すのが僕には分かった。と同時に僕の体の中をぞくぞくと震えるように何かが奔り抜ける。
歓喜? 愉悦? 正確には分からないが、おそらくそれに類するもの。
ついさっきまで何の感慨もなかったのに、たまらない高揚感が今はある。
『いいぞ……いいぞ……!
そうだ。それでいい……!!
それでこそ食い応えがあるというものだ……!!』
遺体をすっかり食い尽くした僕はギラリと彼女達を睨み、恐ろしく長い舌で自身の口をぞろりと舐め上げた。
ああ…たまらない……!
欲しい…
欲しい……
お前達が、欲しい……!!
瞬間、吉佐倉さんが死を覚悟したのが分かった。
自分達は、この黒い獣、いや、黒い怪物にとってはただの<デザート>に過ぎないのだと、犠牲者達の遺体を食べ尽くした後でゆっくりといただくために今まで生かしておいただけなのだと理解してしまったのが伝わってきた。
だけど同時に、
『だけど……だけどせめてこの子だけは……!』
そう思ってみほちゃんの体を覆うように抱き締めた。無駄だと分かっていてもそうせずにいられなかったようだ。
自分の肉に恐ろしい怪物の牙が食い込んでくるその瞬間を待ちながら。
それと同時に、僕は見た。
吉佐倉さんに抱き締められながらも、みほちゃんが真っ直ぐに僕を見ていたのを……
感情なのか何なのかこの時の僕にさえ分からない何かが込められた瞳で……
<その瞬間>は、いつまで待っても来なかった。
どれほどの時間が経っただろうか。
実際にはほんの十数秒だっただろうが、彼女にとっては何分もの時間が過ぎたようにさえ感じられていた。
いつまで待っても訪れない死に、恐る恐る目を開けて、黒い怪物がいた辺りを見た。
『……いない……? どうして……?』
そう思いながら辺りを見回してみたけれど、やはりあの黒い怪物の姿はどこにもなかった。
そこにあったのは、静けさと、この凄惨な光景には似つかわしくない爽やかな緩い風だけなのだった。
赤い四つの目で自分を見詰める僕に対して、吉佐倉さんは強い言葉を投げつけた。
その彼女の内部に噴き上がった憎悪が、ぎりぎりと音を立てそうなくらいに凝り固まって力を増していくのが分かる。
そして、彼女の中に湧き始めていたある疑念を押し流していく。
『もしかしたらこの黒い獣って、神河内さんの生まれ変わりとか……?』
不自然に自分達に親切だったことで、そんな風にも思ってしまっていたのだ。だけど、その、<神河内さんの生まれ変わりかもしれない黒い獣>が人間の遺体を貪り食う様を見て、それはきれいさっぱり消し飛んだ。
『あの神河内さんがこんなことするはずない……!』
って……
「……」
しかし、僕は何も反応も返さなかった。ただ黙って見詰めるだけだ。
けれどそれは、表面上だけでしかない。
僕は、黒迅の牙獣は、淡々と思考していたのだ。
『彼女の中で憎悪の塊が膨れ上がっている……
強い、強い憎悪だ。
それが、彼女の命を回している。
そうだ。もっと憎め。もっと怨め。もっと怒れ。
もっと…もっとだ……!』
そして僕は瓦礫の下から引っ張り出した遺体を前足で踏みつけ、ぞぶりと牙を突き立て、ぶちぶちと引きちぎり、ぐちゃぐちゃとわざと音をたてながら貪った。
それをごくりと飲み下すと、再び遺体に食らいつき、今度は骨ごとバキバキと食いちぎる。
彼女達に見せ付ける為に。
何故そんなことをするのか?
彼女達に思い知らせる為だ。僕がいかに恐ろしくおぞましい、人間とは決して相容れることのない狂気の怪物であるかということを。
人間にとっては嫌悪と憎悪と恐怖の対象でしかないということを。
僕が遺体を貪るほどに、吉佐倉さんの中の憎悪が増し、それが激しく彼女の<命>を回すのが僕には分かった。と同時に僕の体の中をぞくぞくと震えるように何かが奔り抜ける。
歓喜? 愉悦? 正確には分からないが、おそらくそれに類するもの。
ついさっきまで何の感慨もなかったのに、たまらない高揚感が今はある。
『いいぞ……いいぞ……!
そうだ。それでいい……!!
それでこそ食い応えがあるというものだ……!!』
遺体をすっかり食い尽くした僕はギラリと彼女達を睨み、恐ろしく長い舌で自身の口をぞろりと舐め上げた。
ああ…たまらない……!
欲しい…
欲しい……
お前達が、欲しい……!!
瞬間、吉佐倉さんが死を覚悟したのが分かった。
自分達は、この黒い獣、いや、黒い怪物にとってはただの<デザート>に過ぎないのだと、犠牲者達の遺体を食べ尽くした後でゆっくりといただくために今まで生かしておいただけなのだと理解してしまったのが伝わってきた。
だけど同時に、
『だけど……だけどせめてこの子だけは……!』
そう思ってみほちゃんの体を覆うように抱き締めた。無駄だと分かっていてもそうせずにいられなかったようだ。
自分の肉に恐ろしい怪物の牙が食い込んでくるその瞬間を待ちながら。
それと同時に、僕は見た。
吉佐倉さんに抱き締められながらも、みほちゃんが真っ直ぐに僕を見ていたのを……
感情なのか何なのかこの時の僕にさえ分からない何かが込められた瞳で……
<その瞬間>は、いつまで待っても来なかった。
どれほどの時間が経っただろうか。
実際にはほんの十数秒だっただろうが、彼女にとっては何分もの時間が過ぎたようにさえ感じられていた。
いつまで待っても訪れない死に、恐る恐る目を開けて、黒い怪物がいた辺りを見た。
『……いない……? どうして……?』
そう思いながら辺りを見回してみたけれど、やはりあの黒い怪物の姿はどこにもなかった。
そこにあったのは、静けさと、この凄惨な光景には似つかわしくない爽やかな緩い風だけなのだった。
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