200万秒の救世主

京衛武百十

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食事

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『アリーネさんは頼れない…あの怪物は信用できない……私がみほちゃん達を守らなきゃ……!』

今、吉佐倉よざくらさんの思考の大部分を占めているのはそれだというのが、僕には分かった。

加えて、今回の被害がいったいどこまでになるのか、世界はどうなってしまうのか、そういう諸々が絶え間なく頭をよぎり、彼女をさいなんでる。

それが寝付きを悪くし、眠りそのものも浅くした。ちょっとした物音で目が覚めてしまい、一度目が覚めるとなかなか眠れない。

実質、二時間か三時間くらいしか眠れていなかったみたいだ。

まだ若いから少々そういうことが続いたとしても大丈夫かもしれないけれど、長くなればさすがに深刻な影響も出てくるに違いない。

だけど……

だけど、今の僕には何もできない……

病院跡に行けば、もしかしたら睡眠導入剤くらいは手に入れられるかも知れない。しかし彼女は自分が持ってきたそれを決して飲もうとはしないっていうのも分かる。食べ物すら、パッケージが破れた物、既に開封されていた物は決して口にしなかったし、みほちゃん達にも与えようとしなかったくらいだから。

『どうすればいいんだ……』

僕は、少し離れたところから、彼女達の様子を、ただ見守っていた。

でも同時に、何の感情の湧いてこないんだ。思考としては『どうすればいいんだ』とか思ってるのに、それが胸を締め付けたりって云うのがない。

なぜなら僕はもう、神河内かみこうち錬治れんじじゃないからだ。クォ=ヨ=ムイの眷属、<黒迅の牙獣トゥルケイネルォ>だったから。

もう心そのものが、人間じゃなくなってるんだ。

それでも、彼女達を守りたいという欲求だけはまだある。

これがあるうちは……

僕は視線を逸らし身を翻して、拾い集めてきた資材を使ってマンホールの上に作った<トイレ>を開けて、触角を器用に使って掃除した。別にトイレ掃除を頼まれた訳ではなかったけれど、自主的にそうしただけだった。

災害の避難生活で特に気分を滅入らせるものの一つに、『トイレがものすごく汚くなる』というのがあると聞いたことがあったし。

もっとも今回のそれは、手作りのトイレだから上手く扱わないと壊れてしまうというのもあるけどね。

掃除を終えた後、別のマンホールの蓋を開けて、風呂の残り湯をそこから流した。トイレの下に溜まったものを押し流すためだった。

下水道も一部が破損していて処理場までは流れないのは分かってるものの、少なくともそのままにしておくよりはマシだろうと考えて。

それから、バスタブを風呂場のテントに戻して新しい水を張る。湯を沸かすのはもう少し後になるのでそのままにして、僕は公園を出て行った。

次の用事を済ませる為に……



公園から少し離れたところで、僕は<食事>にした。

別に僕自身にとっては必要はなかったんだけど、彼女達の為というのもあったからね。

僕が今、食べているもの……

それは、人間達の遺体。

吉佐倉さん達が悲惨な遺体を見ないで済むように、僕が食べて始末してたんだ。

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