200万秒の救世主

京衛武百十

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六百億

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「くりさきみほ…」

女の子はそう名乗った。みほちゃんか。

しかし、いくらお父さんと母さんが動かないからってこんな知らないオジサンとオバ…お姉さんについて行こうとするとか、大丈夫なんだろうか……

「お前、今、私をオバサンと思っただろう?」

僕の心を読んだクォ=ヨ=ムイがギロリと睨み付けてくる。でも、

「まあ、オバサンだのオバアサンだののレベルじゃないがな。概算で六百億を超えてるし」

「ろっぴゃ…!?」

「何を驚くことがある? 今の宇宙が生まれてからでも百数十億だ。そんな宇宙を作ったり消したりするような存在のタイムスケールが、千とか万とかの単位だと思うか? これでも私はまだ若い方だぞ。年寄連中になればそれそこ数京とかいう奴もごろごろいる。お前達の感覚で計るな」

あ、まあ、そう言えばそうなのか……

「なんのおはなし?」

みほちゃんがそう訊いてくる。

「え、っと、宇宙のお話かな…」

どう説明していいのか分からずに、ついそれで誤魔化してしまった。みほちゃんも「ふ~ん」と取り敢えず納得してくれたみたいだし。

ホントに、四十を前にしてさえ小さな子供相手にちゃんと説明もしてあげられないのがすごく情けない。と言っても、僕自身の感覚としては、二十代半ばくらいで止まってる感じなんだけどね。気が付いたらそんな歳になってたというだけで。

でも今時、けっこうそんな人、多いんじゃないかな。四十どころか五十くらいになっても二十歳前後くらいの感覚のままってのも多そうな気がする。特に、結婚もしてない人間だと。

僕も、決して『したくない』と思ってた訳じゃない。人間関係は苦手だから積極的になれなかっただけで、女の子と付き合ったことだって一度や二度くらいはある。まあ、最終的には踏ん切りをつけられない僕の優柔不断さに愛想を尽かされてフラれて終わるってのがパターンだけどさ。

そんなこんなでいつの間にか歳を取って、大人になれたという自覚も実感もなく、でも確実に人生の終わりだけは近付いてたんだなというのを、癌に罹患して思い知らされたってところだった。

「などという<自分語り>はいいから、とっとと次に行け!」

病院を出たところで、クォ=ヨ=ムイにそう言って背中を蹴られた。

「何するんですか!?」

さすがにイラっときて言い返すと、彼女は唇の端を、およそ人間では有り得ない角度にまで釣り上げた恐ろしい表情になって、

「口答えするな。いい加減にしないと貴様を喰うぞ?」

と、まるで呪いのような言葉をぶつけてきた。

それを見た瞬間、僕は、改めて彼女が人間じゃないということを思い知らされた。

幸い、みほちゃんは彼女の後ろにいたからその顔を見てないけど、もしそれを見てたらまたお漏らしをしてたかもと思ったのだった。

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