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甘えっ子だなあ

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夕食の後、私は宿直室に備えられたお風呂に入る。

「お先です」

一緒に当番に入ってる同僚に声を掛けて。同僚は、園児とDVDを見てた。

脱衣所で服を脱ぐ前に、観音かのんに電話を掛ける。

「お母さん、どうしたの?」

電話に出るなり観音かのんが言う。その声を耳にして、私はホッとしてしまう。

「ああ、うん。別に何もないけどさ、観音かのんの声を聴きたくなってさ」

私が言うと、

「甘えっ子だなあ、お母さんは♡」

彼女はちょっと悪戯っぽく返してくれた。それがまたなんとも安心できて。

「しかたないでしょ。聴きたくなったんだから」

私も頬を緩ませながら言った。

こういうやり取りができる家族で本当に良かった。

『家族と一緒にいたくなかったから家を出た』

なんていうのは、<独立>でも<自立>でもないと思う。ただの<逃避>。ましてや、日々の生活のストレスを赤の他人に転嫁することで自分を慰めてるようなのは、ね。

自分をこんな世界に勝手に送り出した張本人にその責を問うことすらできずに、<匿名>や<立場>を盾に反撃を封じつつ他人に八つ当たりとか、それが卑怯者じゃないのならなんだって言うんだろうな。

なんて、私自身の親のことを頭に思い浮かべながら考える。

私も、

『親と一緒にいたくなかったから逃げるために家を出た』

ってクチだから。誰かに八つ当たりせずに済んだのも、観音かのんやダンナに出逢えたからだしさ……それがなかったら、きっと、ただの<卑怯者>になってたと思う。

だからさ、卑怯者だとは思いつつ、見下す気にはなれないんだ……

そう考えたら、観音かのんにも卑怯者になってほしくないって、ますます思うんだ。

だとしたら、他人にストレスを転嫁しないで済む家庭を作りたいって考えるのも、そんなおかしなことじゃないでしょ?

観音かのんのことを<子供部屋おばさん>とか言うような人のことなんて相手にする必要ないし、そんなことを言う人は、自分の親にこんな世界に送り出した責を問うこともできないってだけだし。

ダンナが亡くなったからこそ、ダンナが亡くなるなんて辛いことがあったのに今もこんな風に考えられるってのが彼の存在の大きさを実感させてくれる。



そうしてお風呂から上がったところに、インターホンが。

「遅くなりました…!」

残ってた園児の母親だった。

「すいません、ご迷惑をおかけしてませんでしたか?」

園児を通用口まで連れて行くと、母親が申し訳なさそうに訊いてくる。

「いえいえ、とてもいい子でしたよ」

実際、すごくおとなしくて聞き分けがよくて、何も苦労はしなかった。

だけど、その子は、何も言わずに母親にぎゅっと抱き付いて……

ここまで、この子なりに頑張って耐えてきたんだなって分かる姿なのだった。

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