愛しのアリシア

ロボットトラベラー、アリシアの火星のんびり紀行

アルビオンの強盗、職業軍人のような割り切りを見せる

あらかじめ、

『治安の点では芳しくない』

という情報は得ていたものの、なるほどと思わされる。カフェの一件は何らかの行き違いだとしても、強盗の方は、『狙って』ではないことが千堂アリシアにも分かってしまう。何しろ、

『獲物を探してそして標的を決めて』

であったならば、『獲物を探す』という仕草が必ず検出されるのだ。なのにそれが一切なかった。それなしに、たまたま視界に入った被害者を瞬間的に獲物と定め、そして行為を実行したのだろう。もはやそれこそ職業軍人のような割り切りぶりだ。

本当に目的のためには躊躇がない。

これは結局、自身が＜社会の被害者＞であり、己の行いは、

＜自身を理不尽な社会から守るための正当な行為＞

だと信じて疑っていないのだろう。

人間というものは、意図して＜悪行＞を行おうとした時より、

＜正しい行いであると認識している行為＞

を実行する時の方が躊躇がなくなるのだという。事実、千堂アリシアがこれまで経験してきた事例も多くはそうだった。

JAPAN-2ジャパンセカンドで副社長の新良賀あらががクーデターを図ったのも、砂漠で千堂京一せんどうけいいちを執拗に狙ったゲリラ達も、＜人類の夜明け戦線＞と名乗りテロを行った者達も、タラントゥリバヤ・マナロフも、皆、『自分にこそ正義がある』と信じて疑わなかったからこそ実行に移せたのだから。

もっとも、タラントゥリバヤについては、自分の行いを正しいとは思いつつも、心のどこかで自分を救ってほしいと願っていたと思しき部分も垣間見えたが。

彼女は、

『自身が思う正しい世界を実現したかった』

のではなくて、あくまで、

『自分が救われるにはこうするしかない』

と思っていたのだろうと推測できる。だから本当は、もっと早い段階で誰かがその道筋を示してやれていれば違った結果になっていたのかもしれない。おそらくは、ロボットと結婚した友人を殺してしまったことで、引き返せなくなったのだろうと思われる。

『自分が救われる世界を実現するか、さもなくば世界もろとも破滅するか』

そんな方向に突き進むしか残されていなかったのだ。と、少なくともタラントゥリバヤ自身は考えていたということだ。

確かに、千堂アリシアの説得を受け入れ投降したとしても、世間はタラントゥリバヤを許さなかったかもしれない。その可能性は非常に高い。その現実と向き合っていくだけの気力が、あの時点の彼女にはすでに残されていなかったとしてもなんらおかしくはない。

それでも、千堂アリシアは彼女に生きていてほしかった。それこそ、原野のような場所でたった一人で生きることになったとしても。中古のジャンク品であろうと取り敢えず問題なく稼働するメイトギアが手に入れられれば、千堂アリシア自身が彼女を支える方法だってあったのだから。