愛しのアリシア

ロボットトラベラー、アリシアの火星のんびり紀行

根岸右琉澄、期待する

なお、タラントゥリバヤがロボットと結婚した友人を殺害した事件については、彼女がその時点にすでに所属していた＜人類の夜明け戦線＞の母体となった反AI反ロボット主義を掲げる組織の協力により捜査が撹乱され、容疑者が絞られるまでにも時間を有したため、その間、タラントゥリバヤが千堂アリシアや千堂京一せんどうけいいちと接触することさえ許してしまう結果になった。

ここまでAIやロボットによる監視網が構築された状態にも拘わらずそれを許してしまう辺り、人間の悪知恵というものは油断ならないとの証拠と言えるだろうが、元は人間が作り出したものは人間の手によって破ることができてしまうという証拠でもあるのだろう。

ともあれ、ロボットにも心があり魂があると考えてしまう人間がいる一方で、タラントゥリバヤのように強い嫌悪を抱く人間もいるという矛盾も、人間ならではであると言える。

その矛盾による足の引っ張り合いはAIやロボットにはないものの、半面、その矛盾が生み出す＜パターン化できない反応＞をロボットは見せることができなかった。

実はそれ自体が＜人間性＞というものであるとも言われている。矛盾を抱えその矛盾と共に生きることができるのが＜生物＞であり＜人間＞なのだ。

なので、メイトギアだけに育てられると、矛盾の存在しない在り方しか学べなくて、にも拘らず子供自身は『心を持つ人間である』という自己矛盾により強いストレスを抱え、しかも他者の持つ＜人間性＞を『汚らわしい』『浅ましい』と嫌悪し、それが他者の痛みや苦しみが理解できない（メイトギアには痛みも苦しみもないため、その反応を学べない）こととも相まって重大な結果をもたらすとも言われていた。

かように、人間というのは難しい生き物なのだ。だからこそロボットでは見せることのできない反応を見せることがある。その差を、感受性の強い人間は悟ってしまうのだろう。

右琉澄自身は、アリシア2234-HHCアンブローゼ仕様に対して感じていた反応の薄さについては、

『ロボットだから仕方ない』

とは割り切れていた。それをサバイバルゲーム仲間や職場の同僚、常連客達との語らいで補っていたのだと思われる。

とは言え、今回のように思いがけず千堂アリシア相手に他愛ないことを語るという幸運に恵まれたことは望外の喜びであり、正直、家出少女の件が早々に片付いて仕事以外の時間をこうやって過ごせていることには嬉しいと感じていた。

『これがいずれ市販のメイトギアにも反映されるんだろうな』

そんな風に期待していたのであった。