愛しのアリシア

ロボットトラベラー、アリシアの火星のんびり紀行

戦災孤児保護施設のメイトギア、右琉澄を受け止める

戦災孤児である根岸ねぎし右琉澄うるずではあるものの、保護された施設では、他の子供達と共に親や家族を失った不安や恐怖についてメイトギアに徹底的に丁寧に対処してもらえたことで、大きく和らいだようだ。

『人間性を育てる』

という点においては大きな弱点を持つメイトギアではあるものの、心的外傷を受けた人間が見せる様々な反応に対しては、生身の人間の職員では受け止めきれないような理不尽なそれであっても、決して感情的になることなく心折れることなく不眠不休で対処してくれた。この点では、生身の人間は到底敵わない。

何しろ、いくら怒鳴っても喚いても罵っても殴っても蹴ってもそのすべてを受け止めてしまえるのだ。どうしようもなく自身の中に込み上げてきて薄巻いてしまう怒涛のような情動を、メイトギアは完全に受け切ってくれる。

しかも、その情動がどのような形で発露しようとも、一切拒絶しない。

人間の場合、他者からの悪罵や暴力に耐えるというのは、大変な苦痛を伴い、場合によっては専門家でさえPTSDを発症することすらある。けれどロボットであるメイトギアにはそれがない。傷付いた子供達が納得するまで気が済むまで落ち着くまで相手をしてくれる。

夜泣きがやまない子。夜尿症が治らない子。言葉を失った子。突然パニックを起こす子。暴力をふるってくる子。どんな子でも関係ない。確実に受け止めてくれる。

なので、八つ当たりするにもひたすら甘えるにもメイトギアに対してすればよく、子供同士はただ遊んでいればよかった。そうやって『人間同士で遊ぶ』ことにより人間性を学ぶこともできた。

実際、右琉澄も、特定のメイトギアにひどく甘えていたそうだ。常にそのメイトギアの後ろをついて回り、何度も抱っこをせがんだという。その上、夜中に悪夢を見て泣き出すがそのメイトギアがあやさないと泣き止んでくれなかったとも。

生身の人間の職員では、そんな右琉澄一人の相手でも精神がすり減ってしまうところを、そのメイトギアは最大十人の子供を受け持ったと記録にはある。それでいて、常に笑顔を絶やさず、不平不満も口にせず、他の子供達と遊ぶ右琉澄のことも穏やかに見守ってくれた。右琉澄が手を振れば、きちんとそれに応えてくれた。だから彼は安心することができた。

残念ながらそのメイトギアは、右琉澄が施設を出て就職した後に、耐用年数を大きく過ぎていた上に施設に収容されていた子供の数が減ったこともあって新たなメイトギアと交換されて再資源化されたことにより、現存しない。

けれど、規模こそ縮小されたものの今も残るその施設で運用されているメイトギアには、概要だけとはいえ右琉澄に関する記憶も引き継がれているのだった。