愛しのアリシア

ロボット忍者、アリシアの街角忍法帳

岩丸ゆかりを抱え上げ拉致した男、逃走する

＜岩丸ゆかりを抱え上げ拉致した男＞は、自身が身に付けていた端末のすべてをその場に置いて、部屋を出た。そして敢えて急がず、それこそ『ちょっとコンビニに買い物に出かける』程度の様子でビルを出て歩いた。

外には、人通りこそ少なかったもののこれだけの騒ぎが起こっていても平然と出歩いている者はいて、男はそれにまぎれて逃走したのである。

＜まぐれ＞ではあったかもしれないが、これがこの時の最適解だったのかもしれない。サーペントが標的としているのは、ネットワーク上から当たりを付けられた端末を所持するものであり、それらを手放していた男は、その対象から外れたのだ。そしてサーペントの隊員が管理室に辿り着く前に離れられたのも幸いだっただろう。

実は、サーペントが到着した際に監視用のドローンも放たれていて、周囲を監視していたのだ。そこで不審な動きをする者もチェックされることになっていた。なのに男は、管理室にいたことを認知されなかったことにより、それすらすり抜けてみせた。＜標的＞がいるとされるビルから出てきたことで＜要注意＞を示す黄色のタグが付けられたものの、結局、＜要警戒＞を示す赤いタグに変化することなく、監視区域から出ることができた。

一方、

「なんだあいつ？　いまさらビビったのかよ」

＜岩丸ゆかりを抱え上げ拉致した男＞と一緒に岩丸ゆかりを拉致したもう一人の男は、呆れたように仲間が残していった端末を手に取り、

「お、なんだあいつ、こんないいのを使ってたのか。くそっ、やっぱいい家に生まれた奴は恵まれてるな」

自分達が使っている二流メーカーの型落ちをさらに改造したというジャンク品でしかない端末と違う、一流メーカーの最新機種であるそれを見て、

「ははっ！　もーらい」

とご機嫌になっていた。

「あ、ずりーぞ、お前！」

他の仲間が声を上げるものの、

「バーカ、俺とあいつは親友マブなんだよ。あいつのものは俺のものってな」

実に勝手な理屈を並べて端末を懐にしまった。

もっとも、その＜親友マブ＞であるはずの＜岩丸ゆかりを抱え上げ拉致した男＞は、彼を見捨てて自分だけその場を逃げ去ったのだが。

とは言え、この＜親友マブを自称する男＞は、実際に＜岩丸ゆかりを抱え上げ拉致した男＞とは幼い頃からの付き合いであり、一番の友人であったことは事実だろう。

＜岩丸ゆかりを抱え上げ拉致した男＞は先にも述べたとおり、大手ネットワーク関連企業の重役を務める両親の下に生まれた、いわば＜生来の勝ち組＞だった。対して＜親友マブを自称する男＞の方は、＜岩丸ゆかりを抱え上げ拉致した男＞のシッターをしていた女性の息子であり、それが縁で知り合ったのだった。