愛しのアリシア

京衛武百十

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ロボット主任、アリシアの細腕奮戦記

エリナ・バーンズ、油断する

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『二人の間に割り込むのは、たぶん難しいな』

エリナ・バーンズがそう考えるのは、決して物分かりがいいからじゃない。綺麗事を優先してるからじゃない。もっと合理的な論理的な、いや、即物的な現実を見ているからだ。

『自分の感情ばかりを優先するような人間を千堂京一せんどうけいいちは評価しない』

それを知っているからである。

世の中には、『自分の気持ちに素直になる』ことを美徳とする、素晴らしいこととする考え方がある。

そしてそれを真に受けた人間が起こす様々なトラブルがある。

ストーカーやレイプ犯などはまさに、

『自分の気持ちに素直になった』

人間が起こした事件ではないか。

痴情のもつれの果ての刃傷沙汰もそうだ。

加えて、ジョン・牧紫栗まきしぐりも復讐代行サイトの運営者達も自分の気持ちに素直になればこそあのようなことをしているはずである。

『自分の気持ちに素直になる』

確かに甘美な響きの言葉だろう。しかしそれは同時に、破滅に誘う<罠>ともなりえるものであることを忘れてはいけない。

エリナ・バーンズはそれを知っているだけにすぎない。自衛のために誘惑に乗らないことを自らに言い聞かせているだけなのだ。

これが、ジョン・牧紫栗との決定的な違いだった。牧紫栗も彼女と同じことができていたら主任程度にはなれていたかもしれないものを、『自分の気持ちに素直になった』ばかりに棒に振ったのだ。

<分別>とは、このようなことを言うのかもしれない。

ゆえに、ジョン・牧紫栗は決して<社会の被害者>などではない。親が分別の手本を示してくれなかったことは不幸だったとしても、何十年もの人生の間にそれを学ぶ機会は何度もあったはずである。十代の子供や二十代の未熟な若者ではないのだから。にも拘らず牧紫栗はその機会を自らフイにしてきた。

しかも、自分が勝手に不幸になるだけならまだしも、他人まで巻き込もうとしている。

まさに<負の連鎖>。

「あ、しまった。メモリーカード買い忘れた…!」

私用の端末に使うつもりのメモリーカードを仕事帰りに買うはずだったのをうっかり失念していて、エリナは慌てた。

「私が買ってきましょうか?」

宗近むねちか2122-HHSが声を掛けるも、

「あ、いい。自分で買ってくる。ついでに他にも買いたいものあるし、コンビニで買えるし」

そう言ってエリナはそのまま部屋を出て、コンビニへと向かう。

宗近が部屋にいることで鍵を掛けずに。

それも、復讐代行サイトの人間に見られていた。こんなチャンスを見逃すはずもない。

こうして、ロボットをターゲットとした実行犯が、何食わぬ顔でエリナの部屋のドアを開けたのだった。

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