愛しのアリシア

京衛武百十

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ロボットメイド、アリシアの優雅な日常

ロボット排斥主義者、アリシアを罵る

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『ロボットのクセに人間に歯向かうのか!? この悪魔!!』

その言葉が、アリシアを揺さぶった。言われた時は戦闘モードが起動していたからどうということもなかったが、通常モードに戻った途端、苦しくなった。

ロボットを罵る人間自体は、それほど珍しくない。よくあることだとも言えるだろう。そんなことをいちいち気にしていてはきりがないのは分かっている。だが、やっぱり辛いのだ。悲しいのだ。

しかしそんなアリシアをさらに打ちのめすようなニュースがその後で入って来た。先程のニュースで流れていた、ロボットと結婚した女性が殺害されたニュースの続報として、その実行犯とみられる者達から犯行声明が発せられたというものだった。

それは、<人類の夜明け戦線>と名乗る、ロボットの排斥を訴える者達の中でも特に先鋭化し、テロすら厭わないという者達であった。それが、今回の被害者はロボットの手先となり人間に害をなそうとしたとして罰を与えたと言うのである。そして、それを警告と称して、ロボットの排斥に協力しない者はロボットの手先とみなして同じように罰を与えると主張してきたのだ。しかも千堂達を襲撃した男達もそのメンバーだったと。ロボットを大量に生産するメーカーと、それを多数取り扱う企業はロボットの手先であり人間の敵であるとして罰を与えようとしたのだと言う。

そんな理屈が通る筈もないが、狂信的にそれを正しいと信じ込む人間もやはり一定は存在する。それが人間という生き物なのだ。

千堂は言う。

「アリシア……ロボットであるお前には理解出来ないかも知れないが、人間とはそういうものなんだ。一つの考え、一つの価値観で全体を統一し、誰一人それに背くことなく動くということが出来ない生き物なんだ。社会というのはそういうものなんだよ。全体が一つの目的に向かって完璧に調和し作動するものは、それはもう社会とは言わない。もはやそれはロボットと同じ<装置>なんだ。相反する考えや価値観を内包し、同時に互いに折り合いをつけることを目指すのが<社会>なんだ」

千堂が続ける。

「私がロボットであるお前を受け入れることが出来るのも、実はそのおかげなんだよ? 人間ではない、ロボットであるお前を、ロボットであるが故に人間と相容れない部分があるお前を受け入れることが出来るのも、社会というものの特性なんだ。それは忘れないでほしい」

そうだ。彼の言うことはもっともである。本来、人間社会においてロボットである彼女は、あくまで異物である。何しろ人間ではないのだから。それでいて彼女は、人間そのものの幸せを願う。たとえどんな人間であっても幸せになって欲しいと願う。それが彼女だ。

だが人間は、どうしても許せない相手という者が存在してしまう生き物でもある。どれほど他人の幸せを願う人間でも、『こいつの幸せだけは願えない』という相手が存在してしまうのだ。だが彼女にはそれは存在しない。そこが、彼女と人間との最も大きな違いなのである。そしてその違いを認め受け入れることが出来るのも、<社会という仕組み>なのだ。異物が存在しては機能しなくなってしまう<装置>とは違う。

皮肉な話だが、ロボットの存在を許さないと考えるような人間の存在すら許されるからこそ、彼女は社会の中で生きることが出来るのである。大事なのは、その価値観が衝突した時に互いにどう折り合いをつけるかということだ。互いに相手の存在を許すという考えを持てた時に初めて、自分の存在も許されるということを知らなければならない。それが出来なければ、永遠にお互いを排除し合うことになるのだから。

アリシアも、千堂の言うことを理解したいと思った。自分の存在を許してくれることに感謝し、自分も他の存在を許したいと思った。だけど、あんな酷いことをする人間がいることが悲しいと思ってしまうこともやめられそうになかった。

「千堂様……人がいがみ合うことを悲しいと思っていてはいけませんか…?」

価値観の合わない相手が存在することを認めるべきならば、それを悲しいと思ってしまうこともやめなければいけないのだろうか? 彼女はそう思い、千堂に問うた。しかし千堂は明確にそれに応えた。

「それを悲しいと思うことは、決して悪いことじゃない。それを悲しいと思う考えもまた、存在することを否定されるべきじゃない」

アリシアが千堂を見上げる。悲しげで、救いを求める子供のような表情で。

「それを悲しいと感じるお前を、私は誇りに思う。お前のその気持ちが、多くの人に伝わることを私も望むよ」

ロボットを排斥しようという動き自体は、何百年も昔からあった。しかしそれは決して大きな潮流にはなってこなかった。彼らの主張するようなロボットによる反乱が起こらなかったからだ。ロボットはどこまで行ってもロボットでしかない。心を得たアリシアでさえ、人間を憎むことが出来ない。それは彼女がロボットだからだ。いくら心を得たとしても、ロボットはロボットじゃないものにはなれない。どれほど技術が進歩しようとも、人間が人間じゃないものになれないように。

ロボットは、人間に対して牙は剥かない。ロボットが人間に牙を剥くとすれば、そこには必ず人間の意思が介在しているのだ。人間に牙を剥くように仕向けるのは、あくまで人間なのである。

千堂達を襲撃した彼らのように、ロボットを強く警戒する者がいなくならないことで、自らの意志で人間に牙を剥くような存在が生み出されない枷になっていることもまた事実なのだった。

ロボットを嫌うことが問題なのではない。その考えを実現しようとする際に取る手段が問題なのだ。己の価値観に合わないものの存在を否定し、抹殺しようとして取る手段が。

「アリシア……お前にはこれからも人間を守ってほしい。その為にも私は、お前にとって守るべき価値のある存在であることを誓う。そして、人間そのものがお前にとって守る価値のあるものであり続けられるように私は努力しよう」

そうだ。千堂はその為に働いているのだ。人間がそのものが排除されるべき存在とならないようにする為に。それもまた、千堂のモチベーションの大きな根源となっているのである。

自分を見詰めるその姿に、アリシアはまた救われるのを感じた。この人が人間を守れと言うのなら、自分は喜んでそれを行おう。自分を盾にしてでも、人間を守ろう。それこそが、自分がこの人から受けた恩に報いる方法なのだから。

今回のような事件は、これからもきっと起こるだろう。何しろ彼ら自身がこれと同じことを行うと宣言したのだから。だったら自分は、千堂を守る為に、人間を守る為に、何度でも何度でも立ち向かおう。

アリシアはそう誓ったのだった。

だが、そう決意した者の傍ではなぜか事件というものは起こらない。その後も時折、彼らによるものと思しき事件が起こったが、いずれもアリシアや千堂とはまったく関係のないところでの事件だった。だが、そのいくつかでは、アリシアと同じロボットの働きにより被害の拡大が防がれた。特に、アリシアシリーズのいたところでは、人的被害が殆ど出なかったのである。

と言うのも、千堂らが襲撃を受けた際のデータがJAPAN-2ジャパンセカンド本社に送信され、事件の際に用いられた彼らの装備やその動きを解析することで事件の兆候をいち早く察知し対処する為のアップデートが行われたことも影響していた。それは、要人警護仕様だけでなく、標準仕様のアリシアシリーズにまで及んだ対策だった。ある事件では、その兆候をいち早く察知した標準仕様のアリシアシリーズが自らを盾にして主人を庇い、それが反撃のチャンスを作って襲撃犯の制圧に繋がったこともあった。

つまり、アリシアの働きが、間接的に人間を救うことに役立っているのだ。それが出来るのも、ロボットならではなのだった。

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