愛しのアリシア

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
77 / 804
ロボットメイド、アリシアの優雅な日常

アリシア、おしりを触られる

しおりを挟む
忙しくスケジュールをこなす千堂に付き従い、アリシアも順調に役目を果たしていた。時には相手方の下品なジョークやセクハラまがいの接触にも耐え、笑顔を崩さずそれらをあしらった。相手も、彼女がロボットだから訴えられたりしないことを分かっていてやっているので、実はけっこう性質が悪いものもあったりするのだが。

メイトギアが必要以上にセクシーになり過ぎないように作られているのはこういうことも想定されてのことだった。あまり性的なアピールをしてはその種の行為を誘発しかねないからだ。ただ、敢えて性的アピールの少ない質素で清楚なその姿にこそそそられるという人間もいるので、全てに対して有効ではないことも残念ながら事実ではある。

だがその時、アリシアの尻に触れた役員男性のバイタルサインを取得してしまった彼女は、そこに気になるデータを見付けてしまう。千堂が軽微な脳血栓で緊急搬送された時に見られたものと同じであった。

「千堂様、実は…」

アリシアがそのことを千堂に伝え、千堂がその人物の秘書に伝えてから三十分も経たないうちに件の人物は緊急入院となったのだった。簡易なメディカルチェックを受けて実際に脳血栓の兆候が見つかってしまったのである。幸い、軽微なものだったために処置を受けたその日のうちに退院出来たのだが。

アレキサンドロ主催の夕食会に退院後さっそく現れたその人物は、アリシアに感謝しつつも、

「やはりメイトギアの尻には触るべきだな、ガッハハハ!」

とまるで懲りていない様子で周囲の人間を呆れさせたりもした。だがアリシアに対する感謝の気持ちは本物だったらしく、その日の宿泊先のホテルにアリシア宛の花束が届いたり、後日、その人物が個人的に経営するレストランチェーンでホールスタッフとしてアリシアシリーズの導入が決定したりしたのだ。その数五十。これは千堂も想定していなかった予定外の成果となった。

「アリシアの初めての営業成績だな。すごいぞ。本日のトップセールスだ」

本社から送られてくるデータを確認しながらそう言って目を細める千堂に、彼女はもじもじと照れた仕草を見せる。しかも本社からトップセールスの記念として金一封が贈呈された。プリペイドカードとしても発行出来るものだった為、彼女が直に受け取ることが出来たのだ。もちろん、アリシアは現在は職員という扱いではないので正式なものではないが、イベント的にこういうことは頻繁に行われているのである。

ただこの時のアリシアシリーズの導入が後に騒動に繋がることは、アリシアには想像も出来なかったのだが。



千堂一行が順調にスケジュールをこなし一週間が経ったその日、アリシアは、ホテルの外が少々騒々しいことに気付き、一般公開されている公共の監視カメラ映像を受信して、ホテル前の様子を窺った。するとそこには、十数人の人間がホテルの前に集まり、ホテル側の警備員やスタッフと何やら押し問答をしている様子が見えた。それ自体はそう珍しい光景でもなかった筈なのだが、この時のアリシアは何故か無性にそれが気になって、センサーの感度を上げ、その騒動の音声を詳細に拾い上げる。すると。

「ここにJAPAN-2ジャパンセカンドの役員が泊まってるのは分かってるんだ!」

「私達はJAPAN-2ジャパンセカンドの所為で仕事を失ったんだ!」

「私達の仕事を奪ったJAPAN-2ジャパンセカンドに責任を取らせろ!」

といった内容の罵声がいくつも確認出来たのだった。

『何これ、どうしてこんなことに…?』

そう思いながらアリシアが音声を拾っていると、どうやら、例の、アリシアの尻を触ったことで脳血栓の兆候が見つかり、重症化する前に対処出来たことでその感謝の為に自らが経営するレストラングループのホールスタッフとしてアリシアシリーズ五十体の導入を決めた人物のレストランで働いていた人間が、アリシアシリーズの導入を機に解雇が決まったことに抗議する為に集まったらしいというのが分かってしまった。

とは言えこれは、明らかな言いがかりだ。あくまでJAPAN-2ジャパンセカンドは自社商品を売っただけであり、それにより余剰となった人員をどう扱うかというのは導入を決めた側の企業の問題である。もちろん、アリシアシリーズの導入と共にリストラを行った例の人物のところにはさらに多くの人間が抗議の為に集まっていたのだが、その一部がメイトギアを売った側にも責任があるとして押しかけて来たのだった。

『どうして…? 私達ロボットは人間に幸せになって欲しいだけなのに…』

両手で顔を覆い、泣いている仕草を見せるアリシアに、千堂も胸を痛める想いだった。彼は彼で外の騒動についてホテル側から聞かされたところだった。だからアリシアがどうして泣いているのか、察してしまったのだ。

千堂自身はこの手の騒ぎにはもう慣れている為に何とも思わないが、心を持って間もないアリシアには辛いことだというのは容易に想像出来てしまう。何しろ彼女は、心を持ちながらもロボットとして当たり前の考え方を持っているのだから。そう、『ロボットは、人間の幸せの為に存在する』という考え方を。

だから彼女は人間を恨んだりはしない。一時的に感情的になることはあるかも知れないが、それを根に持つこともない。彼女にとって人間は愛すべき存在なのである。

そんな人間が自分が原因で憤っている。でもどうすればいいのか分からない。そんな彼女に、千堂が声を掛けた。

「アリシア。こういう行き違いはよくあることだ。誰一人悪意がなかったとしても起こってしまう。だが、完全には対処出来なくとも、ある程度なら解決する手段は常にある。私に任せてほしい」

いつものように穏やかに、しかし揺るぎない強さを感じさせる彼の言葉に、アリシアは縋りたいと思ってしまう。

「千堂様…お願いします…」

手で顔を覆ったまま、彼女は千堂の胸に縋りついた。

その後、千堂が何度か電話を掛けると、ホテルの前で集まっていた人間達の前に、一人の男性が現れた。彼は、自分は弁護士であると名乗り、困っている人達の力になる為に活動しているのだと告げた。あなた方の要求を伝える為に自分が代表になると申し出る。すると集まっていた人間達は、自分達の要求が届くならと、その弁護士を名乗る人物に言われるがままに今後の方針を決める為の会合をするということで何処かへ行ってしまったのだった。

実はその弁護士を名乗る人物は、本当に弁護士なのだが、千堂がこういう時の為に繋がりを持っている弁護士だった。ニューヨハネスブルグはこれまでにも何度か訪れており、その際に当たりを付けていた弁護士である。

不満を持つ人間達は、自分達の不安や不満を聞いてもらうのが目的であることが多い為、親身になって話を聞いてくれる相手がいるだけで落ち着いたりするのを知っているのだ。しかも話を聞くだけでなく実際に再就職の支援を行っている団体などを紹介したり、時には直接新しい雇用主との間に入ってくれたりもするのだった。もちろん、その為の費用は相談を聞いてもらった彼らが支払うことになるが、大抵は仕事を得ることに成功しその中から報酬を払ってもらえるのである。また、必要とされる求人情報などは、千堂の側が自らのコネクションを用いて提供する。

これが、千堂がこの若さで役員になれた理由の一つだった。トラブルを力でねじ伏せるだけではなく、合理的で具体的な対処法を提示し、かつそれを実行出来る能力が買われたのである。もっともそれは、論理的で理性的な対応が可能な相手でないと通用しないことも、彼は知っているが。彼とアリシアが巻き込まれた武装組織による襲撃事件のような、相手の目的がそもそも殺害のみというような場合には容赦はしないという一面も持ち合わせている。

いずれにせよ、少なくともホテル前の騒動はこれで片付いた。千堂が電話を掛けただけで見る間に解決したことに、アリシアはまた、彼の大きさを感じることになったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】悲劇のヒロインぶっているみたいですけれど、よく周りをご覧になって?

珊瑚
恋愛
学園の卒業パーティーで婚約者のオリバーに突然婚約破棄を告げられた公爵令嬢アリシア。男爵令嬢のメアリーをいじめたとかなんとか。でもね、よく周りをご覧下さいませ、誰も貴方の話をまともに受け取っていませんよ。 よくある婚約破棄ざまぁ系を書いてみました。初投稿ですので色々と多めに見ていただけると嬉しいです。 また、些細なことでも感想を下さるととても嬉しいです(*^^*)大切に読ませて頂きますm(_ _)m

ヒナの国造り

市川 雄一郎
SF
不遇な生い立ちを持つ少女・ヒナこと猫屋敷日奈凛(ねこやしき・ひなりん)はある日突然、異世界へと飛ばされたのである。 飛ばされた先にはたくさんの国がある大陸だったが、ある人物から国を造れるチャンスがあると教えられ自分の国を作ろうとヒナは決意した。

アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町
SF
 ハヤカワ文庫さんのSF好きにお勧め! ■■■  人類が宇宙に進出して約五千年後、地球より数千光年離れた銀河系ペルセウス腕を舞台に、後に“クリフエッジ(崖っぷち)”と呼ばれることになるアルビオン王国軍士官クリフォード・カスバート・コリングウッドの物語。 ■■■  宇宙暦4500年代、銀河系ペルセウス腕には四つの政治勢力、「アルビオン王国」、「ゾンファ共和国」、「スヴァローグ帝国」、「自由星系国家連合」が割拠していた。  アルビオン王国は領土的野心の強いゾンファ共和国とスヴァローグ帝国と戦い続けている。  4512年、アルビオン王国に一人の英雄が登場した。  その名はクリフォード・カスバート・コリングウッド。  彼は柔軟な思考と確固たる信念の持ち主で、敵国の野望を打ち砕いていく。 ■■■  小説家になろうで「クリフエッジシリーズ」として投稿している作品を合本版として、こちらでも投稿することにしました。 ■■■ 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しております。

異世界召喚された俺は余分な子でした

KeyBow
ファンタジー
異世界召喚を行うも本来の人数よりも1人多かった。召喚時にエラーが発生し余分な1人とは召喚に巻き込まれたおっさんだ。そして何故か若返った!また、理由が分からぬまま冤罪で捕らえられ、余分な異分子として処刑の為に危険な場所への放逐を実行される。果たしてその流刑された所から生きて出られるか?己の身に起こったエラーに苦しむ事になる。 サブタイトル 〜異世界召喚されたおっさんにはエラーがあり処刑の為放逐された!しかし真の勇者だった〜

双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話

東岡忠良
青春
 二卵性双生児の兄妹、新屋敷竜馬(しんやしきりょうま)と和葉(かずは)は、元女子高の如月(きさらぎ)学園高校へ通うことになった。  今年から共学となったのである。  そこは竜馬が想像していた以上に男子が少なかった。  妹の和葉は学年一位の成績のGカップ美少女だが、思春期のせいか、女性のおっぱいの大きさが気になって仕方がなく、兄竜馬の『おちんちん』も気になって仕方がない。  スポーツ科には新屋敷兄弟と幼稚園からの幼馴染で、長身スポーツ万能Fカップのボーイッシュ少女の三上小夏(みかみこなつ)。  同級生には学年二位でHカップを隠したグラビアアイドル級美人の相生優子(あいおいゆうこ)。  中学からの知り合いの小柄なIカップロリ巨乳の瀬川薫(せがわかおる)。  そして小柄な美少年男子の園田春樹(そのだはるき)。  竜馬の学園生活は、彼らによって刺激的な毎日が待っていた。  新屋敷兄妹中心に繰り広げられる学園コメディーです。  それと『お気に入り』を押して頂けたら、とても励みになります。  よろしくお願い致します。

モニターに応募したら、系外惑星に来てしまった。~どうせ地球には帰れないし、ロボ娘と猫耳魔法少女を連れて、惑星侵略を企む帝国軍と戦います。

津嶋朋靖(つしまともやす)
SF
近未来、物体の原子レベルまでの三次元構造を読みとるスキャナーが開発された。 とある企業で、そのスキャナーを使って人間の三次元データを集めるプロジェクトがスタートする。 主人公、北村海斗は、高額の報酬につられてデータを取るモニターに応募した。 スキャナーの中に入れられた海斗は、いつの間にか眠ってしまう。 そして、目が覚めた時、彼は見知らぬ世界にいたのだ。 いったい、寝ている間に何が起きたのか? 彼の前に現れたメイド姿のアンドロイドから、驚愕の事実を聞かされる。 ここは、二百年後の太陽系外の地球類似惑星。 そして、海斗は海斗であって海斗ではない。 二百年前にスキャナーで読み取られたデータを元に、三次元プリンターで作られたコピー人間だったのだ。 この惑星で生きていかざるを得なくなった海斗は、次第にこの惑星での争いに巻き込まれていく。 (この作品は小説家になろうとマグネットにも投稿してます)

後天スキル【ブラックスミス】で最強無双⁈~魔砲使いは今日も機械魔を屠り続ける~

華音 楓
SF
7歳で受けた職業診断によって憧れの狩猟者になれず、リヒテルは失望の淵に立たされていた。 しかし、その冒険心は消えず、立入禁止区域に足を踏み入れ、そこに巣食う機械魔に襲われ、命の危機に晒される。 すると一人の中年男性が颯爽と現れ、魔砲と呼ばれる銃火器を使い、全ての機械魔を駆逐していった。 その姿にあこがれたリヒテルは、男に弟子入りを志願するが、取り合ってもらえない。 しかし、それでも諦められず、それからの日々を修行に明け暮れたのだった。 それから8年後、リヒテルはついに憧れの狩猟者となり、後天的に得た「ブラックスミス」のスキルを駆使し、魔砲を武器にして機械魔と戦い続ける。 《この物語は、スチームパンクの世界観を背景に、リヒテルが機械魔を次々と倒しながら、成長してい物語です》 ※お願い 前作、【最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~】からの続編となります より内容を楽しみたい方は、前作を一度読んでいただければ幸いです

処理中です...