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ロボットメイド、アリシアの優雅な日常
アリシア、愛錬と再会する
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「今度の休日だが、錬全製作所に、行こうと思う」
唐突な千堂の申し出に、アリシアはきょとんとした表情になった。しかしそのすぐ後に、ぱあっと明るい顔になって、声を上げた。
「愛錬達のところですね!?」
いずれまた会いに行きたいと思っていたのが思わぬ形で実現することになり、彼女はテンションが上がるのを感じていた。そんな彼女に千堂が目を細めながら応える。
「そうだ。ラブドールに会うのは、他のロボットに会うのと違ってお前の社会性の確認の為じゃないんだが、今、開発中のメイトギアについての意見を直接聞きに行きたくてね。ついでと言っては何だが、成長したお前を愛錬達にも見てもらおうと思ったんだ」
その言葉にアリシアは背筋を正し、「ありがとうございます」と頭を下げた。自分の成長した姿を愛錬達に見てもらうとか、少し気恥ずかしい感じがしつつも、自分が成長していることを彼に改めて認めてもらえてる気がして胸が高鳴った。
ところで、千堂が言った通り、実はラブドールはメイトギアやレイバーギアとは違い、ロボットとして互いに大きく影響し合う存在ではなかった。と言うのも、基本的に機能や用途が極めて限定されており、簡単な家事くらいはこなせるもののメイトギアに比べれば出来ることは大きく限られていて、更に社会性という点では玩具のロボットと同等の扱いなのだった。
また、人間の性的な欲求に応えるということは、中にはかなり特殊な性癖を持つ人間もおり、ラブドールを厳しく虐げることで満足感を得るような者もいることから、万が一のことがあっても人間を傷付けることがないように、ラブドールの出力は十歳前後の子供並みに抑えられているという面もある。しかも他のロボットと、ロボットとしてデータリンクすることも殆どなく、その為、万が一のことがあったとしても他のロボットを攻撃するようなことも一切ない。
もし主人が、悪意を持って何者かに操作されたロボットに襲われるようなことがあれば、ラブドールは徹頭徹尾、主人を守るようにしか動かない。相手がロボットだからといって制圧しようとさえしないのだ。そもそもそんな能力もない。だから千堂は、アリシアをラブドールに会わせることが出来たのである。
ただ、通常、七十キロ前後はある機体に見合わないくらいに出力が抑えられているというのは、実はラブドールというロボットの持つキャラクター性にとってはデメリットばかりではなく、決して機敏ではないゆったりとしたその動きが独特の色香を生むという副次的な効果ももたらしていたりはするのだが。
しかし同時に、乱暴な扱いを受けても簡単には壊れないという丈夫さも併せ持っていたりする。その辺りは、メイトギアやレイバーギアの、衝撃や荷重を分散させることで素材の実質的な強度を上げるというノウハウが活かされていたりもするのだった。
そして、錬全製作所に向かう当日、以前と同じように千堂の愛車であるスポーツタイプの電気自動車に乗り、二人は屋敷を後にした。
急ぐこともなく流すように走り、やがて自動車が停止したそこに、以前も見た、一階が作業場になっているらしい小さなビルが。二階に上がり、ショールームも兼ねた部屋に。すると二人の前に一糸まとわぬ姿の女性が歩み出て、微笑みかけた。
「いらっしゃいませ。ようこそ錬全製作所へ。私は当社のフラッグシップモデルの愛錬と申します」
それは、以前来た時とほぼ同じ挨拶だった。彼女のその様子を見て、アリシアは理解した。彼女はもう、自分のことを覚えていないのだ。だがそれは、当然のことだった。ラブドールは主人のことだけを愛するロボットなのだから。それ以外の情報は蓄積されず、随時更新されるのである。ロボットとしてはこれもまた、本来の姿であると言えた。
自分のことを忘れてしまっている愛錬に少し寂しさも感じつつ、同時に以前と何一つ変わっていない彼女に対する安心感も感じていた。
千堂はというと、やはりここのオーナー兼クリエイターである人物、碧空寺作錬と会談中である。
一方、ショールームに一人残されたアリシアは、愛錬の接客を受けていた。
他愛ない世間話から入り、それはやがて身振り手振りも交えた人を愛するテクニックまでと、前回もそうだったがアリシアには少々刺激の強い内容だった。ラブドールのような機能は持たないアリシアだが、中には今の彼女でも再現出来そうなテクニックも含まれ、メインフレームが大きく揺さぶられる感じもあるのについ惹き込まれてしまう。それは多分、愛錬の、穏やかで包み込むような、自分の何もかもを受け止めてくれそうな独特の話し方も影響しているのだろう。
するとその時、愛錬の顔が、スッと近付いてきた。
「女性からキスを求める時は、このようにして下から滑り込む感じで男性に唇を預けるのです…」
蕩けるような瞳で自分を見詰めつつ愛錬の唇が空間を奪っていくのを、彼女は茫然と見惚れていた。そして唇が触れそうになる寸前にようやく我に返り、
「あ、愛錬さん、私はそういうのは…!」
と体を離したのだった。そんな様子を愛錬は名残惜しそうに艶やかな笑みを浮かべて囁いた。
「あら、残念。あなたのことは、あの時から狙っていたのに…」
その言葉に、アリシアはハッとなった。まさか?と思った。
「まさか、私のことを覚えてるんですか…?」
アリシアの言葉に愛錬は悪戯っぽく首をかしげて、
「ええ、覚えてますよ。一目見てチャーミングな方だなって思ってました」
と、艶めかしく微笑む。
そう、これは、錬全製作所のラブドールに仕掛けられたちょっとした技だった。この種のロボットが記憶を随時更新していくことを逆手に取り、忘れられてしまったと思わせて実は覚えていた、もしくはふとした弾みで思い出したという演出を行うという機能である。自分は特別な存在なんだと思わせてくれて、いい気分にさせてくれるというものだ。
購入を検討しつつも一度では決められず、何度かこのショールームを訪れる形になった者の多くがこれにコロリと落とされ、購入を決意してしまうのだった。
それをズルいと感じる者もいるだろうが、購入を決めた者達がそれについて文句を言うことはない。何故なら、その後は本当に特別な存在になれるのだから。
その愛錬の技に、アリシアはすっかり翻弄されてしまっていた。愛錬のことを本気で好きになってしまいそうな自分がいることに気付かされてしまう。いや、彼女のことは以前会った時から好きだ。ただ、今度のそれは、これまでのそれとは違った意味のでの『好き』になってしまいそうだったのである。
アリシアは焦った。自分が好きなのは千堂だ。彼以外の人間に心奪われたりはしない、と。だが同時に思ってしまった。愛錬はロボットなのだから、人間を好きになるのとは違うのではないか? 愛錬のことはノーカウントになるのではないか? と。しかしやはり、そうじゃない、相手が人間かロボットかは関係ない、自分は千堂が人間だったから好きになったのではなく、好きになった相手がたまたま人間だっただけなのだ。だから相手がロボットだとしてもそれは自分の気持ちを裏切ることになってしまう筈なのだとも思った。
「愛錬さんの気持ちは嬉しいですけど、私には心に決めた方が……だからごめんなさい!」
思わず立ち上がり背筋を伸ばして深く頭を下げる彼女の姿に、愛錬はくすくすと笑った。
「やっぱり、あなたはチャーミングな方ですね。ますます好きになりました。でも、分かっていますよ。あなたにはその人しか見えていない。あなたに愛されるその方が、本当に羨ましい…」
それが営業用の社交辞令か、それとも彼女の本当の気持ちなのか、アリシアには区別がつかなかった。いや、彼女は自分とは違う正常なロボットなのだから、それはあくまでアルゴリズムに基づいただけの言葉に過ぎない筈だ。だがそれでも、決して嫌な気持ちはしない。愛錬達のすごさを、アリシアは再び思い知らされた気がしたのだった。
唐突な千堂の申し出に、アリシアはきょとんとした表情になった。しかしそのすぐ後に、ぱあっと明るい顔になって、声を上げた。
「愛錬達のところですね!?」
いずれまた会いに行きたいと思っていたのが思わぬ形で実現することになり、彼女はテンションが上がるのを感じていた。そんな彼女に千堂が目を細めながら応える。
「そうだ。ラブドールに会うのは、他のロボットに会うのと違ってお前の社会性の確認の為じゃないんだが、今、開発中のメイトギアについての意見を直接聞きに行きたくてね。ついでと言っては何だが、成長したお前を愛錬達にも見てもらおうと思ったんだ」
その言葉にアリシアは背筋を正し、「ありがとうございます」と頭を下げた。自分の成長した姿を愛錬達に見てもらうとか、少し気恥ずかしい感じがしつつも、自分が成長していることを彼に改めて認めてもらえてる気がして胸が高鳴った。
ところで、千堂が言った通り、実はラブドールはメイトギアやレイバーギアとは違い、ロボットとして互いに大きく影響し合う存在ではなかった。と言うのも、基本的に機能や用途が極めて限定されており、簡単な家事くらいはこなせるもののメイトギアに比べれば出来ることは大きく限られていて、更に社会性という点では玩具のロボットと同等の扱いなのだった。
また、人間の性的な欲求に応えるということは、中にはかなり特殊な性癖を持つ人間もおり、ラブドールを厳しく虐げることで満足感を得るような者もいることから、万が一のことがあっても人間を傷付けることがないように、ラブドールの出力は十歳前後の子供並みに抑えられているという面もある。しかも他のロボットと、ロボットとしてデータリンクすることも殆どなく、その為、万が一のことがあったとしても他のロボットを攻撃するようなことも一切ない。
もし主人が、悪意を持って何者かに操作されたロボットに襲われるようなことがあれば、ラブドールは徹頭徹尾、主人を守るようにしか動かない。相手がロボットだからといって制圧しようとさえしないのだ。そもそもそんな能力もない。だから千堂は、アリシアをラブドールに会わせることが出来たのである。
ただ、通常、七十キロ前後はある機体に見合わないくらいに出力が抑えられているというのは、実はラブドールというロボットの持つキャラクター性にとってはデメリットばかりではなく、決して機敏ではないゆったりとしたその動きが独特の色香を生むという副次的な効果ももたらしていたりはするのだが。
しかし同時に、乱暴な扱いを受けても簡単には壊れないという丈夫さも併せ持っていたりする。その辺りは、メイトギアやレイバーギアの、衝撃や荷重を分散させることで素材の実質的な強度を上げるというノウハウが活かされていたりもするのだった。
そして、錬全製作所に向かう当日、以前と同じように千堂の愛車であるスポーツタイプの電気自動車に乗り、二人は屋敷を後にした。
急ぐこともなく流すように走り、やがて自動車が停止したそこに、以前も見た、一階が作業場になっているらしい小さなビルが。二階に上がり、ショールームも兼ねた部屋に。すると二人の前に一糸まとわぬ姿の女性が歩み出て、微笑みかけた。
「いらっしゃいませ。ようこそ錬全製作所へ。私は当社のフラッグシップモデルの愛錬と申します」
それは、以前来た時とほぼ同じ挨拶だった。彼女のその様子を見て、アリシアは理解した。彼女はもう、自分のことを覚えていないのだ。だがそれは、当然のことだった。ラブドールは主人のことだけを愛するロボットなのだから。それ以外の情報は蓄積されず、随時更新されるのである。ロボットとしてはこれもまた、本来の姿であると言えた。
自分のことを忘れてしまっている愛錬に少し寂しさも感じつつ、同時に以前と何一つ変わっていない彼女に対する安心感も感じていた。
千堂はというと、やはりここのオーナー兼クリエイターである人物、碧空寺作錬と会談中である。
一方、ショールームに一人残されたアリシアは、愛錬の接客を受けていた。
他愛ない世間話から入り、それはやがて身振り手振りも交えた人を愛するテクニックまでと、前回もそうだったがアリシアには少々刺激の強い内容だった。ラブドールのような機能は持たないアリシアだが、中には今の彼女でも再現出来そうなテクニックも含まれ、メインフレームが大きく揺さぶられる感じもあるのについ惹き込まれてしまう。それは多分、愛錬の、穏やかで包み込むような、自分の何もかもを受け止めてくれそうな独特の話し方も影響しているのだろう。
するとその時、愛錬の顔が、スッと近付いてきた。
「女性からキスを求める時は、このようにして下から滑り込む感じで男性に唇を預けるのです…」
蕩けるような瞳で自分を見詰めつつ愛錬の唇が空間を奪っていくのを、彼女は茫然と見惚れていた。そして唇が触れそうになる寸前にようやく我に返り、
「あ、愛錬さん、私はそういうのは…!」
と体を離したのだった。そんな様子を愛錬は名残惜しそうに艶やかな笑みを浮かべて囁いた。
「あら、残念。あなたのことは、あの時から狙っていたのに…」
その言葉に、アリシアはハッとなった。まさか?と思った。
「まさか、私のことを覚えてるんですか…?」
アリシアの言葉に愛錬は悪戯っぽく首をかしげて、
「ええ、覚えてますよ。一目見てチャーミングな方だなって思ってました」
と、艶めかしく微笑む。
そう、これは、錬全製作所のラブドールに仕掛けられたちょっとした技だった。この種のロボットが記憶を随時更新していくことを逆手に取り、忘れられてしまったと思わせて実は覚えていた、もしくはふとした弾みで思い出したという演出を行うという機能である。自分は特別な存在なんだと思わせてくれて、いい気分にさせてくれるというものだ。
購入を検討しつつも一度では決められず、何度かこのショールームを訪れる形になった者の多くがこれにコロリと落とされ、購入を決意してしまうのだった。
それをズルいと感じる者もいるだろうが、購入を決めた者達がそれについて文句を言うことはない。何故なら、その後は本当に特別な存在になれるのだから。
その愛錬の技に、アリシアはすっかり翻弄されてしまっていた。愛錬のことを本気で好きになってしまいそうな自分がいることに気付かされてしまう。いや、彼女のことは以前会った時から好きだ。ただ、今度のそれは、これまでのそれとは違った意味のでの『好き』になってしまいそうだったのである。
アリシアは焦った。自分が好きなのは千堂だ。彼以外の人間に心奪われたりはしない、と。だが同時に思ってしまった。愛錬はロボットなのだから、人間を好きになるのとは違うのではないか? 愛錬のことはノーカウントになるのではないか? と。しかしやはり、そうじゃない、相手が人間かロボットかは関係ない、自分は千堂が人間だったから好きになったのではなく、好きになった相手がたまたま人間だっただけなのだ。だから相手がロボットだとしてもそれは自分の気持ちを裏切ることになってしまう筈なのだとも思った。
「愛錬さんの気持ちは嬉しいですけど、私には心に決めた方が……だからごめんなさい!」
思わず立ち上がり背筋を伸ばして深く頭を下げる彼女の姿に、愛錬はくすくすと笑った。
「やっぱり、あなたはチャーミングな方ですね。ますます好きになりました。でも、分かっていますよ。あなたにはその人しか見えていない。あなたに愛されるその方が、本当に羨ましい…」
それが営業用の社交辞令か、それとも彼女の本当の気持ちなのか、アリシアには区別がつかなかった。いや、彼女は自分とは違う正常なロボットなのだから、それはあくまでアルゴリズムに基づいただけの言葉に過ぎない筈だ。だがそれでも、決して嫌な気持ちはしない。愛錬達のすごさを、アリシアは再び思い知らされた気がしたのだった。
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