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ロボットメイド、アリシアの優雅な日常
アリシア、CSK-305に声を掛ける
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三週間の間、千堂は更に詳細なデータを取ることを心掛けていた。それと同時に、千堂の仕事が休みの日はアリシアとの時間を大切にし、キスだけでなく彼女を抱き締めるように努める。それについての詳細なデータも取り、抱き締める前後のアリシアの状態を精査したのだ。これにより、やはり抱き締めることでストレスが減っていることをデータとしても確認。
この事実から、アリシアのあの現象については、予防が可能であると確認出来た。今は千堂が抱き締めることが最も効果的ではあるが、ストレスを解消することで予防出来るのなら、ストレスを解消する方法を他にも見付けることでより確実に予防することが出来ると確証が得られた。ここから、あの現象については対応上の注意として捉えることで彼女自身の欠陥や問題として扱う必要がない結論を得ることが出来たのであった。
こうして晴れて、千堂アリシアに外出の許可が下りる。
とは言え、当面は一人で外出することは避けなければいけないが。もっとも、アリシア自身、千堂と一緒でなければ出掛けたいところなど特に無かったから、何も困らなかった。ただ、ラブドールの愛錬や、テストを受ける少し前に出会った茅島秀青と彼のアリシア2234-LMNには、またいつか会いに行きたいとは思う。特に、秀青や彼のアリシア2234-LMNとはその後も連絡を取り合い交流があったのである。
千堂もその辺りは承知していて、実際に自分と一緒に出掛けることでさらに問題がないことが確認出来れば、そう遠くないうちに彼女一人での外出も認めていいと思っていた。
そして今日、いよいよ彼女は千堂と共に外出することになったのであった。それは、軍に納入されたCSK-305を用いた訓練に、メーカー側のオブザーバーとして参加するという仕事のセキュリティの一部としての役目だった。本来は、彼女とは別の、会社から貸与されるアリシアシリーズが赴く筈だったものを、千堂アリシアが受け持つことになったのである。プライベートではないが、むしろ重要な役目だ。失敗は許されない。とは言え、要人警護の仕事は彼女の本来の機能なので、逆にこの方が肩慣らしとしては適当と言えるかも知れないが。
「ま、私としてはあまり好きな種類の仕事ではないがね」
訓練が行われる軍の演習場に向かう、JAPAN-2が手配したフローティングバスの中で、千堂はアリシアに向かってそう愚痴をこぼした。アリシアは笑顔でそれを受け止め、彼と一緒の時間に満たされるものを感じる。
演習場に着いたのは、予定の時間よりもまだ一時間も前だった。それと言うのもフローティングバスのチャーターのスケジュールの都合で、どうしてもそうなってしまうのである。
そこで千堂とアリシアは、今回の訓練に参加する部隊の隊員達が休憩を取っているテントを訪ねた。そこに千堂にとっても馴染みのある隊員が数名、待機している筈だったからだ。
「あ、千堂さん、お疲れ様です!」
アリシアを伴った千堂の姿が見えた瞬間に声を掛けてきたのは、この小隊の隊長、肥土亮司二等陸尉であった。明るく人懐っこい感じのその様子はおよそ軍人らしからぬ軽さだが、これは彼がオンオフの切り替えに長けた人物であるが故でもあった。一度任務となればその判断は的確で、他の部隊からも一目置かれる優秀な軍人だった。
「へえ、今日は2234-HHCフェイスのアリシアなんですね」
千堂の後ろに控えてたアリシアを見て肥土がそう言うと、
「HHC!? あ、本当だ! やっぱりHHCは可愛いな~」
と声を上げてアリシアの前に駆け寄ってきた若い軍人がいた。彼も千堂の顔馴染みで、名前は岩丸英資。階級は三等陸曹。いかにも今風のふわふわした感じの態度で、しかも可愛いメイトギアには目がないという極度のオタクだった。しかし彼も、その軽薄さとは裏腹に優秀な軍人である。
「二人とも、お客さんに失礼ですよ」
と、確かに軍人としては少々どうかという振る舞いを見せる二人を諫めるような声を掛ける女性がいた。彼女もまた同じく顔馴染みの一人で、月城香澄二等陸曹。女性ながら部隊一の戦闘術を誇る、やはり優秀な軍人だった。
他にも数人、気安い感じで千堂に挨拶をしてくる者達がいた。彼らとは何度もこうして顔を合わしてる為、すっかり職場の仲間のような感じと言えるだろうか。
今回は、彼らの部隊に新しいアルゴリズムを搭載したCSK-305が配備される為、その性能評価も兼ねた完熟訓練が行われるのである。
CSK-305と言えば、アリシアにとっても縁の深い機体。千堂と共に砂漠に不時着した際に、CSK-305の臨時の装備の一部として起動させられたのがそもそもの始まりだったのだから。しかし実際に彼女と共に戦った機体は破壊され、さらに現地のジャンク屋によって持ち去られたらしく、その後の捜索でも結局、発見には至らなかったという経緯があった。
なお、これによって機密が漏洩する危険性もあると考えられるかもしれないが、実はCSK-305に用いられている技術そのものは一般に知られているものであり、そういう意味での<機密>に当たる部分はない。あくまでそれらを非常に高い精度で組み上げられているというのがCSK-305の秘密であって、『分かっていても再現できない』のが最大のセキュリティだった。
まあそれはさておき、千堂にとってはこの種のオブザーバーとしての仕事はあまり好みではなかったのだが、今日のそれは肥土らに会えるという意味では彼にとっても楽しみであっただろう。
アリシアも、役員に随行する要人警護仕様のアリシアシリーズとして恥ずかしくない仕事を心掛けていた。千堂に挨拶に来る者がいる度に頭を下げ、質問されれば答え、他愛ないジョークや冷やかしは笑顔で受け流してみせる。特に、メイトギアオタクの岩丸英資には少々しつこく付きまとわれ、仕様などについて根掘り葉掘り聞かれたが、こういう場合の為に作られたマニュアルに沿った対応に終始。岩丸英資のような<メイトギアオタク>と言われる人間は彼女らの受け答えが聞きたくてやっているので、それで満足してくれる。
しかしそんな岩丸も、訓練が始まるとやはり軍人らしい振る舞いを見せていた。だからこそ千堂も彼らのことを認めているのだとも言える。
そして彼らの部隊に配備されたCSK-305は与えられた役目を確実にこなし、肥土らの作戦を確実に成功に導くようにロボットとしての機能を発揮して見せた。その姿を、アリシアは、決して表情を変えることはなかったが、共に千堂を守る為に戦い朽ちていったCSK-305の姿を重ねて見て、自分のメインフレームに不思議な負荷が掛かるのを感じ取っていた。この時、彼女は、戦友であったCSK-305を確かに悼んでいたのだ。
『お疲れ様。立派でしたよ、CSK-305…』
訓練を終えて台車に収容されるCSK-305に、彼女はそう声を掛ける。もちろんそれは彼女の一方的な信号であり受信されることさえなかったが、それでも構わなかった。ただそう声を掛けたいだけだったのだから。
一方、千堂の方はと言うと、軍のお偉方との会話は紋切り型の社交辞令でしかなかったが、撤収作業を行う肥土らと二言三言声を交わし、満足げにその場を後にした。アリシアも、自分が過不足なく役目を果たせたことに、満足感を覚えていた。
「良い動きをすると、肥土君に褒めてもらったよ。やはり現場で実際にロボットを使う人間にそう言ってもらえるのはメーカーの人間としては嬉しい限りだ。彼らもCSK-305を上手く使ってくれる。もしものことがあっても、CSK-305が彼らを守ってくれるだろう。もっとも、戦闘など無い方がいいんだがね」
帰りのフローティングバスの中で、千堂はしみじみとそう語った。アリシアも、その彼の言葉に偽りがないことを深く感じ取る。彼女自身、もう自分が人を傷付けたりしなくても済むことを、心から願っていたのだった。
この事実から、アリシアのあの現象については、予防が可能であると確認出来た。今は千堂が抱き締めることが最も効果的ではあるが、ストレスを解消することで予防出来るのなら、ストレスを解消する方法を他にも見付けることでより確実に予防することが出来ると確証が得られた。ここから、あの現象については対応上の注意として捉えることで彼女自身の欠陥や問題として扱う必要がない結論を得ることが出来たのであった。
こうして晴れて、千堂アリシアに外出の許可が下りる。
とは言え、当面は一人で外出することは避けなければいけないが。もっとも、アリシア自身、千堂と一緒でなければ出掛けたいところなど特に無かったから、何も困らなかった。ただ、ラブドールの愛錬や、テストを受ける少し前に出会った茅島秀青と彼のアリシア2234-LMNには、またいつか会いに行きたいとは思う。特に、秀青や彼のアリシア2234-LMNとはその後も連絡を取り合い交流があったのである。
千堂もその辺りは承知していて、実際に自分と一緒に出掛けることでさらに問題がないことが確認出来れば、そう遠くないうちに彼女一人での外出も認めていいと思っていた。
そして今日、いよいよ彼女は千堂と共に外出することになったのであった。それは、軍に納入されたCSK-305を用いた訓練に、メーカー側のオブザーバーとして参加するという仕事のセキュリティの一部としての役目だった。本来は、彼女とは別の、会社から貸与されるアリシアシリーズが赴く筈だったものを、千堂アリシアが受け持つことになったのである。プライベートではないが、むしろ重要な役目だ。失敗は許されない。とは言え、要人警護の仕事は彼女の本来の機能なので、逆にこの方が肩慣らしとしては適当と言えるかも知れないが。
「ま、私としてはあまり好きな種類の仕事ではないがね」
訓練が行われる軍の演習場に向かう、JAPAN-2が手配したフローティングバスの中で、千堂はアリシアに向かってそう愚痴をこぼした。アリシアは笑顔でそれを受け止め、彼と一緒の時間に満たされるものを感じる。
演習場に着いたのは、予定の時間よりもまだ一時間も前だった。それと言うのもフローティングバスのチャーターのスケジュールの都合で、どうしてもそうなってしまうのである。
そこで千堂とアリシアは、今回の訓練に参加する部隊の隊員達が休憩を取っているテントを訪ねた。そこに千堂にとっても馴染みのある隊員が数名、待機している筈だったからだ。
「あ、千堂さん、お疲れ様です!」
アリシアを伴った千堂の姿が見えた瞬間に声を掛けてきたのは、この小隊の隊長、肥土亮司二等陸尉であった。明るく人懐っこい感じのその様子はおよそ軍人らしからぬ軽さだが、これは彼がオンオフの切り替えに長けた人物であるが故でもあった。一度任務となればその判断は的確で、他の部隊からも一目置かれる優秀な軍人だった。
「へえ、今日は2234-HHCフェイスのアリシアなんですね」
千堂の後ろに控えてたアリシアを見て肥土がそう言うと、
「HHC!? あ、本当だ! やっぱりHHCは可愛いな~」
と声を上げてアリシアの前に駆け寄ってきた若い軍人がいた。彼も千堂の顔馴染みで、名前は岩丸英資。階級は三等陸曹。いかにも今風のふわふわした感じの態度で、しかも可愛いメイトギアには目がないという極度のオタクだった。しかし彼も、その軽薄さとは裏腹に優秀な軍人である。
「二人とも、お客さんに失礼ですよ」
と、確かに軍人としては少々どうかという振る舞いを見せる二人を諫めるような声を掛ける女性がいた。彼女もまた同じく顔馴染みの一人で、月城香澄二等陸曹。女性ながら部隊一の戦闘術を誇る、やはり優秀な軍人だった。
他にも数人、気安い感じで千堂に挨拶をしてくる者達がいた。彼らとは何度もこうして顔を合わしてる為、すっかり職場の仲間のような感じと言えるだろうか。
今回は、彼らの部隊に新しいアルゴリズムを搭載したCSK-305が配備される為、その性能評価も兼ねた完熟訓練が行われるのである。
CSK-305と言えば、アリシアにとっても縁の深い機体。千堂と共に砂漠に不時着した際に、CSK-305の臨時の装備の一部として起動させられたのがそもそもの始まりだったのだから。しかし実際に彼女と共に戦った機体は破壊され、さらに現地のジャンク屋によって持ち去られたらしく、その後の捜索でも結局、発見には至らなかったという経緯があった。
なお、これによって機密が漏洩する危険性もあると考えられるかもしれないが、実はCSK-305に用いられている技術そのものは一般に知られているものであり、そういう意味での<機密>に当たる部分はない。あくまでそれらを非常に高い精度で組み上げられているというのがCSK-305の秘密であって、『分かっていても再現できない』のが最大のセキュリティだった。
まあそれはさておき、千堂にとってはこの種のオブザーバーとしての仕事はあまり好みではなかったのだが、今日のそれは肥土らに会えるという意味では彼にとっても楽しみであっただろう。
アリシアも、役員に随行する要人警護仕様のアリシアシリーズとして恥ずかしくない仕事を心掛けていた。千堂に挨拶に来る者がいる度に頭を下げ、質問されれば答え、他愛ないジョークや冷やかしは笑顔で受け流してみせる。特に、メイトギアオタクの岩丸英資には少々しつこく付きまとわれ、仕様などについて根掘り葉掘り聞かれたが、こういう場合の為に作られたマニュアルに沿った対応に終始。岩丸英資のような<メイトギアオタク>と言われる人間は彼女らの受け答えが聞きたくてやっているので、それで満足してくれる。
しかしそんな岩丸も、訓練が始まるとやはり軍人らしい振る舞いを見せていた。だからこそ千堂も彼らのことを認めているのだとも言える。
そして彼らの部隊に配備されたCSK-305は与えられた役目を確実にこなし、肥土らの作戦を確実に成功に導くようにロボットとしての機能を発揮して見せた。その姿を、アリシアは、決して表情を変えることはなかったが、共に千堂を守る為に戦い朽ちていったCSK-305の姿を重ねて見て、自分のメインフレームに不思議な負荷が掛かるのを感じ取っていた。この時、彼女は、戦友であったCSK-305を確かに悼んでいたのだ。
『お疲れ様。立派でしたよ、CSK-305…』
訓練を終えて台車に収容されるCSK-305に、彼女はそう声を掛ける。もちろんそれは彼女の一方的な信号であり受信されることさえなかったが、それでも構わなかった。ただそう声を掛けたいだけだったのだから。
一方、千堂の方はと言うと、軍のお偉方との会話は紋切り型の社交辞令でしかなかったが、撤収作業を行う肥土らと二言三言声を交わし、満足げにその場を後にした。アリシアも、自分が過不足なく役目を果たせたことに、満足感を覚えていた。
「良い動きをすると、肥土君に褒めてもらったよ。やはり現場で実際にロボットを使う人間にそう言ってもらえるのはメーカーの人間としては嬉しい限りだ。彼らもCSK-305を上手く使ってくれる。もしものことがあっても、CSK-305が彼らを守ってくれるだろう。もっとも、戦闘など無い方がいいんだがね」
帰りのフローティングバスの中で、千堂はしみじみとそう語った。アリシアも、その彼の言葉に偽りがないことを深く感じ取る。彼女自身、もう自分が人を傷付けたりしなくても済むことを、心から願っていたのだった。
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