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ロボットメイド、アリシアの愉快な日常
2日目 千堂京一、また一日を振り返る
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『今日も有意義な一日になった』
昨日と違い、今日はポジティブな出だしで彼はレポートをまとめ始めた。
『ラブドールに会わせたことは、結果として良い影響を与えたようだ。方法論に違いはあれど共に人間を労わることを目的に開発されているロボット同士、感じることがあったのだろう。また、蔑称としての<ラブドール>という言葉に対する過剰な反応もこれで緩和されることを期待したい』
アリシアに心があるのなら、その心に対して大きな負荷が掛かり過ぎることは、人間にとっても大きなトラブルの素になる。ましてや彼女の場合は、その心が、<心のようなもの>がどのような影響をもたらすか未知数なのだから、不安要素は早いうちに対処するべきだと千堂は考えたのである。しかもそれは間違いなく功を奏した。
彼女が心を持っていることを証明出来なくても、このテストが今後の商品開発に活かせなくても、そんなことは彼にとっては些細な問題でしかなかった。彼女との暮らしが守れればそれで十分なのだから。
『ただし、正常なアリシア2305-HHSとの同時運用についてはまだ注意が必要なものと思われる。明日から私はまた通常の業務に戻る為に、私が家を空けている間は彼女とアリシア2305-HHSだけになってしまうが、彼女らのデータについては開発部で常時モニターしているから異常があればすぐに分かるだろう。昨日今日の分も私自身で確認してみたが、暴走等の外部への影響が懸念されるような異常なデータは見当たらなかった。正常なアリシアシリーズ同士の運用では通常有り得ないストレスを表す部分は散見されたが、現状ではそれも落ち着いているようだ』
千堂がそう記したように、彼は、アリシアが自らアリシア2305-HHSとの関係性について改善を図ったことには気付いていなかった。ただ、彼女がそれをしたことが良い方向に働いたことを示すように、それ以降の彼女のデータに、アリシア2305-HHSとの軋轢を示すようなものが殆ど見られなくなっていたのである。とは言え、その辺りはこれからもまだ注意して見守らないといけない部分であると彼は考えていた。アリシアが何か事故を起こすとしたらその辺りが要因となるかも知れないと考えてもいた。
また、戦闘モードが起動しない限り彼女が人間に危害を加えることは考えられなかった。通常モードのアルゴリズムのその辺りの制限は非常に厳しく、かつ緻密に行われているのだから。何しろアリシアシリーズは、目の前で人間同士が争っていても基本それには干渉しないように作られている。どちらかが危害を加えようとした場合のみ、被害を受ける側を身を挺して庇うだけだ。例え、加害側が自らの主人であってもである。
それは、<主人を犯罪者にしないことによりその利益を最大限に守る>為だ。いかなる理由があろうとも法に触れてはそれは刑事事件として処理されてしまう。主人を犯罪者にしないことが、結局は最も主人の為になるのだ。これはアリシアシリーズに限らず、またメイトギアだけではなくレイバーギアにも組み込まれている大原則である。それに反した行動を取ること自体が不可能な設定になっているのだった。その為、異常な行動を取ろうとすればその時点で全ての機能がサスペンドされ、人間の手によって復帰させなければ回復出来ないのである。
無論、主人が暴漢などに襲われたとなればそれも身を挺して庇う。ただし反撃はしない。例え自分が破壊されることになろうともだ。それに、メイトギアやレイバーギアには、犯罪を目撃した場合の自動通報機能と、録画録音による証拠保全機能もあり、監視カメラも兼ねているのだ。だから、メイトギアやレイバーギアが導入されているところでは、そうでない場所に比べて犯罪の発生率も格段に少なかった。もちろんゼロという訳ではないにしても、顕著な差が見られるのである。
それほど厳密に人間に対して危害を加えないように作られている為、この原則が導入されて以降はメイトギアやレイバーギアの側に原因がある事故は、これまでに一件も確認されていない。メイトギアやレイバーギアが関係する事故のほぼ全てが人間側の過ちや不正な改造が原因となったものである。他にはほんの数件、どちらに原因があるのか最後まで特定出来なかった事例があるだけだ。その事例もすべて、結局は不正な改造が行われていたので、その改造が原因であるとは断定出来なかったという意味ではあるのだが。
アリシアの場合も、通常モードであればこの原則が有効である。だから彼女は人間に対して危害を加えるような行動は出来ない。それをしようとすればその時点で全機能がサスペンドされる。千堂を殴ったりすることも当然出来ないのだ。実は、彼が寝ている時に唇を奪おうとした行為が、ぎりぎりセーフだったと言えるだろう。それも、その前に千堂の方から彼女にキスをしており、なおかつ彼が彼女に対して明確に友好的に接しているので辛うじてセーフの判定になっただけである。だから本当は非常に危なかったのだ。
その辺りがボーダーラインと言えるだろう。なお、主人と一緒に風呂に入ろうとするのは、主人に拒絶されているのに無理に一緒に入ろうとするのでもなければたぶん問題ない。元より実際に入浴補助の為に一緒に入るのはメイトギアに与えられた機能の一つでもあるのだから。
そういう点も含めて、彼は今日一日の彼女の様子を『概ね良好』と評価した。
その時、不意に書斎のドアがノックされた。
「アリシアか?」
そう問う彼に「はい」と返事が返ってくる。その時点で要件の察しはついていた。ドアを開けると彼女が上目遣いで見詰めてきた。
「あの、千堂様……その、今日も眠れなくて…それで、キス…していただけたらと…」
モジモジと体を動かしながら自分を見上げる彼女に、彼はフッと表情を崩し、額にそっと口づけた。その途端、アリシアは極上の笑顔になった。嬉しくて嬉しくて仕方ないという顔だった。そんな彼女に千堂は言った。
「どうやらお前には、おやすみのキスが必要らしいな。いいよ。それを習慣にしよう」
そう言ってもらえた時の彼女の表情は、嬉しそうというだけでは言い表せそうにないものだった。涙が流せるなら間違いなく泣いていただろう。
彼はアリシアの髪をそっと撫でながらさらに言った。
「お前はまだ生まれたばかりだからな。たくさんのものが必要なんだ。私はお前に必要なそれらを提供することを惜しみたくない」
彼女の髪は人工繊維で作られたただのウイッグで、そこに何か命の兆候や意味がある訳でもなく、ただ外見を整える為の小道具でしかない。なのにそれを撫でられてるだけでも彼女は嬉しくてたまらなかった。ロボットの自分を人間のように扱ってくれる彼の仕草の一つ一つが、自分を幸せな気持ちにしてくれると思えた。だから自分は彼のことを愛さずにはいられないのだ。彼女は強くそう思った。
「千堂様ぁ~。好きです。大好きですぅ~」
彼の胸に縋りつき、アリシアは顔をうずめた。千堂はそんな彼女の体を抱き、頭を撫でてくれた。それはまぎれもなく父親が甘える娘にするものだったが、彼女はそれでも満足だった。自分をそうやって受け入れてくれることだけで、今は十分に満たされた。
千堂とアリシアの生活は、まだ二日目。これからまだそれを長く続けていく為にはいろいろなことがあるかも知れない。しかし何があろうとも、どんなことがあろうとも、自分はこの人の傍にいたいとアリシアは想い、そんな彼女を千堂は守りたいと思うのだった。
昨日と違い、今日はポジティブな出だしで彼はレポートをまとめ始めた。
『ラブドールに会わせたことは、結果として良い影響を与えたようだ。方法論に違いはあれど共に人間を労わることを目的に開発されているロボット同士、感じることがあったのだろう。また、蔑称としての<ラブドール>という言葉に対する過剰な反応もこれで緩和されることを期待したい』
アリシアに心があるのなら、その心に対して大きな負荷が掛かり過ぎることは、人間にとっても大きなトラブルの素になる。ましてや彼女の場合は、その心が、<心のようなもの>がどのような影響をもたらすか未知数なのだから、不安要素は早いうちに対処するべきだと千堂は考えたのである。しかもそれは間違いなく功を奏した。
彼女が心を持っていることを証明出来なくても、このテストが今後の商品開発に活かせなくても、そんなことは彼にとっては些細な問題でしかなかった。彼女との暮らしが守れればそれで十分なのだから。
『ただし、正常なアリシア2305-HHSとの同時運用についてはまだ注意が必要なものと思われる。明日から私はまた通常の業務に戻る為に、私が家を空けている間は彼女とアリシア2305-HHSだけになってしまうが、彼女らのデータについては開発部で常時モニターしているから異常があればすぐに分かるだろう。昨日今日の分も私自身で確認してみたが、暴走等の外部への影響が懸念されるような異常なデータは見当たらなかった。正常なアリシアシリーズ同士の運用では通常有り得ないストレスを表す部分は散見されたが、現状ではそれも落ち着いているようだ』
千堂がそう記したように、彼は、アリシアが自らアリシア2305-HHSとの関係性について改善を図ったことには気付いていなかった。ただ、彼女がそれをしたことが良い方向に働いたことを示すように、それ以降の彼女のデータに、アリシア2305-HHSとの軋轢を示すようなものが殆ど見られなくなっていたのである。とは言え、その辺りはこれからもまだ注意して見守らないといけない部分であると彼は考えていた。アリシアが何か事故を起こすとしたらその辺りが要因となるかも知れないと考えてもいた。
また、戦闘モードが起動しない限り彼女が人間に危害を加えることは考えられなかった。通常モードのアルゴリズムのその辺りの制限は非常に厳しく、かつ緻密に行われているのだから。何しろアリシアシリーズは、目の前で人間同士が争っていても基本それには干渉しないように作られている。どちらかが危害を加えようとした場合のみ、被害を受ける側を身を挺して庇うだけだ。例え、加害側が自らの主人であってもである。
それは、<主人を犯罪者にしないことによりその利益を最大限に守る>為だ。いかなる理由があろうとも法に触れてはそれは刑事事件として処理されてしまう。主人を犯罪者にしないことが、結局は最も主人の為になるのだ。これはアリシアシリーズに限らず、またメイトギアだけではなくレイバーギアにも組み込まれている大原則である。それに反した行動を取ること自体が不可能な設定になっているのだった。その為、異常な行動を取ろうとすればその時点で全ての機能がサスペンドされ、人間の手によって復帰させなければ回復出来ないのである。
無論、主人が暴漢などに襲われたとなればそれも身を挺して庇う。ただし反撃はしない。例え自分が破壊されることになろうともだ。それに、メイトギアやレイバーギアには、犯罪を目撃した場合の自動通報機能と、録画録音による証拠保全機能もあり、監視カメラも兼ねているのだ。だから、メイトギアやレイバーギアが導入されているところでは、そうでない場所に比べて犯罪の発生率も格段に少なかった。もちろんゼロという訳ではないにしても、顕著な差が見られるのである。
それほど厳密に人間に対して危害を加えないように作られている為、この原則が導入されて以降はメイトギアやレイバーギアの側に原因がある事故は、これまでに一件も確認されていない。メイトギアやレイバーギアが関係する事故のほぼ全てが人間側の過ちや不正な改造が原因となったものである。他にはほんの数件、どちらに原因があるのか最後まで特定出来なかった事例があるだけだ。その事例もすべて、結局は不正な改造が行われていたので、その改造が原因であるとは断定出来なかったという意味ではあるのだが。
アリシアの場合も、通常モードであればこの原則が有効である。だから彼女は人間に対して危害を加えるような行動は出来ない。それをしようとすればその時点で全機能がサスペンドされる。千堂を殴ったりすることも当然出来ないのだ。実は、彼が寝ている時に唇を奪おうとした行為が、ぎりぎりセーフだったと言えるだろう。それも、その前に千堂の方から彼女にキスをしており、なおかつ彼が彼女に対して明確に友好的に接しているので辛うじてセーフの判定になっただけである。だから本当は非常に危なかったのだ。
その辺りがボーダーラインと言えるだろう。なお、主人と一緒に風呂に入ろうとするのは、主人に拒絶されているのに無理に一緒に入ろうとするのでもなければたぶん問題ない。元より実際に入浴補助の為に一緒に入るのはメイトギアに与えられた機能の一つでもあるのだから。
そういう点も含めて、彼は今日一日の彼女の様子を『概ね良好』と評価した。
その時、不意に書斎のドアがノックされた。
「アリシアか?」
そう問う彼に「はい」と返事が返ってくる。その時点で要件の察しはついていた。ドアを開けると彼女が上目遣いで見詰めてきた。
「あの、千堂様……その、今日も眠れなくて…それで、キス…していただけたらと…」
モジモジと体を動かしながら自分を見上げる彼女に、彼はフッと表情を崩し、額にそっと口づけた。その途端、アリシアは極上の笑顔になった。嬉しくて嬉しくて仕方ないという顔だった。そんな彼女に千堂は言った。
「どうやらお前には、おやすみのキスが必要らしいな。いいよ。それを習慣にしよう」
そう言ってもらえた時の彼女の表情は、嬉しそうというだけでは言い表せそうにないものだった。涙が流せるなら間違いなく泣いていただろう。
彼はアリシアの髪をそっと撫でながらさらに言った。
「お前はまだ生まれたばかりだからな。たくさんのものが必要なんだ。私はお前に必要なそれらを提供することを惜しみたくない」
彼女の髪は人工繊維で作られたただのウイッグで、そこに何か命の兆候や意味がある訳でもなく、ただ外見を整える為の小道具でしかない。なのにそれを撫でられてるだけでも彼女は嬉しくてたまらなかった。ロボットの自分を人間のように扱ってくれる彼の仕草の一つ一つが、自分を幸せな気持ちにしてくれると思えた。だから自分は彼のことを愛さずにはいられないのだ。彼女は強くそう思った。
「千堂様ぁ~。好きです。大好きですぅ~」
彼の胸に縋りつき、アリシアは顔をうずめた。千堂はそんな彼女の体を抱き、頭を撫でてくれた。それはまぎれもなく父親が甘える娘にするものだったが、彼女はそれでも満足だった。自分をそうやって受け入れてくれることだけで、今は十分に満たされた。
千堂とアリシアの生活は、まだ二日目。これからまだそれを長く続けていく為にはいろいろなことがあるかも知れない。しかし何があろうとも、どんなことがあろうとも、自分はこの人の傍にいたいとアリシアは想い、そんな彼女を千堂は守りたいと思うのだった。
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