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熱砂のアリシア
6日目・午前~40日目(終章)
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壁の向こうに現れた影に、私は息を呑んだ。アリシアだった。右腕にトールハンマーを抱え、顔の左半分だけをこちらに向けて、微笑んでいた。見れば、先程のランドギアが地面に倒れ伏している。アリシアがトールハンマーで撃破したのだろう。
そのアリシアの周囲をバラバラになった壁が宙に浮かびながら取り囲んでいる。それがドローンであることはすぐに分かった。恐らくこれが<女神の盾>ということだな。ガトリングキャノンの銃撃を受け止めて破壊されたものは地面に落ちていた。だがそんなことはどうでもよかった。私はただ、彼女が生きていたことに安堵していた。しかし、その余韻に浸ることすら、私には許されていないようだった。
「ランドギアが接近中! それを追ってフライングタートルも接近中です! 千堂様、早く!」
アリシアが叫ぶ。それでも私は割り切れなかった。
「駄目だアリシア。お前も一緒に乗るんだ!」
そう言った私に、アリシアは微笑みかける。
「私のようなロボットをそこまで気遣ってくださる千堂様には、大変に感謝しています。そのお気持ちだけで、私は今、本当に満たされています。だからこそ無礼を働いてしまうことを、深くお詫び申し上げます」
その瞬間、私は上下の感覚を失い、ULTRA-MANの中へと転がり込んだ。それがアリシアの仕業であることに気付いた頃にはすでにハッチは閉じられ、体にかかった加速度に私はよろめく。ULTRA-MANが離脱を始めたのだ。
「止めろ! 彼女も助けるんだ!」
私は叫んだ。すると、機体内に設置された窓代わりのマルチスクリーンに外の景色が映し出され、その一部に男の姿が映し出された。獅子倉だった。
「こいつを止めろ獅子倉! 彼女を見殺しにする気か!?」
シートを掴んで体を支え、映し出された獅子倉に向かって叫ぶ。だが獅子倉は首を横に振った。
「もう遅い。既にULTRA-MANは町から離脱した。それがあいつの望みだ。せめて見届けてやってくれ」
獅子倉がそう言うと、いくつかのスクリーンが切り替わり、アリシアの姿が映し出されていた。彼女に付き従っているドローンの映像のようだった。その映像の脇には、姿勢制御用のローターが破損し本来の機動を発揮出来ない為、記録用カメラとして動作する旨のメッセージが表示されていた。
アリシアの先に、トールハンマーを抱えたランドギアの姿が見える。その銃口がアリシアに向かう前に、彼女がトールハンマーを向けていた。だが、撃たなかった。いや、撃てなかったのだろう。故障したのであろうそれを放り出す彼女の前に、ドローンが重なるように並ぶのが見えた。それが弾け飛んだが、アリシアは無事だった。いくつものドローンを重ねることでトールハンマーの質量弾の威力を殺したのだと思われた。
まるで弾丸のようにランドギアに迫るアリシアとそれを追うドローンを、カメラとなったドローンが遅れて追う。まるで私自身がアリシアを追って飛んでいるかのような感覚。
ランドギアに組み付こうとする彼女に、まるで爆発するかのような砂煙が襲い掛かる。画面の端に、フライングタートルの姿が見えた。アヴェンジャーの斉射を受けたのだろう。だが彼女はまた、ドローンをいくつも重ねることでそれを防いだのだった。しかし、数十機あった筈のドローンが、もう僅か数機になっているのも見えた。
アリシアは、ランドギアからトールハンマーを奪い取り、フライングタートルを撃つ。それは確実にセンサー部を捉え、感覚を失ったフライングタートルがゆっくりと降下していくのが見えた。その様子は、町が蹂躙を受ける危険が去ったことを告げていた。
降下していくフライングタートルを見詰めるアリシアの後ろ姿からは、安堵しているかのように緊張感が失われていると私には感じられた。
だが違う、まだ終わってない!
「まだだアリシア!」
私は思わず叫んでいた。だが、その声が彼女に届く筈もない。私が見ている画面には、体を起こしたランドギアが彼女に覆いかぶさるように飛びつく様子が映されていた。そして、もつれあって倒れた瞬間、爆炎と煙に包まれ、恐らく破片の直撃を受けたのであろうカメラが破壊され、何も見えなくなってしまったのだった。
「アリシアーッッ!!!」
ULTRA-MANは順調に飛行を続け、当初の目的地だったニューカイロに到着した。そこでは我が社の現地駐在員に迎えられ、私はそのまま病院へと搬送されて入院。医者の診断では、中度の脱水症状を起こしているものの他には打ち身や擦り傷程度で数日で退院できると告げられた。
しかし私に、喜びはなかった。それよりは、言葉では言い表し難い脱力感と虚無感に囚われ、呆けたようにベッドの上で数日を過ごした。
JAPAN-2におけるクーデターも、私が入院している間にすべてが終わっていた。新良賀ら副社長派による数々の違法な行為は次々と暴かれ、星谷社長が再び社長の座に就くことで、一週間に及んだこの馬鹿馬鹿しい騒動は、多くの犠牲を出しながらも実に呆気なく幕を閉じたのである。
退院後、JAPAN-2本社に戻った私は、星谷社長自身からの詫びと共に事の顛末を聞かされた。もっとも、その内容も私にとっては興味のあるものではなく、右から左へと聞き流していたのだが。
ただ、新良賀が執拗に私の命を狙ったのは、私がロボティクス部門の役員として、彼が進めていたメカトロニクス部門のプロジェクトを潰したことが原因らしいと聞かされた事だけは頭に残った。とは言え、当時の私にそんな意図はなく、結果としてそうなったに過ぎなかったのだ……
「そんな程度のことで……?」
その話を聞いた私は、つくづく人間の愚かさを思い知らされた気分になった。その程度のことを根に持つような小さな男であるのも拘わらず、副社長という権力を握れるような才覚を持ってしまったことが、今回の事件の一番の原因かも知れないと思った。
また、ただのゲリラがトールハンマーをいくつも持っていたことの謎も、本当につまらないものだった。
実はトールハンマーの初期ロットには致命的な欠陥があり、万全の状態で使っても十発も撃たないうちに砲身が焼け付いてしまうのだという。その為に回収されたそれらが廃棄処分という名目で横流しされ、二束三文でゲリラのもとに流れ着いたということだった。
その後、社長直々に、二ヶ月に及ぶ休暇と徹底したカウンセリングを、全て会社の負担で提供することを申し出られたが、それを受け入れる気分にもなれなかった。
私は、次の日にはもう、犠牲になった十四人の遺体の収容とアリシアを回収する為のプロジェクトを立ち上げていた。しかし、さすがに騒ぎが大きくなりすぎてすんなりとはいかなかった。様々な国の思惑が重なり合ったらしく、再びあの地域へ立ち入る許可がなかなか下りなかったのだ。
あらゆる方面への交渉や折衝を続けたことでようやくそれが認められた時には、私がその地を離れてからすでに一ヶ月が経過していた。ULTRA-MANのベースとなった機体と同型のフローティングバス三機をチャーターして、遺体を収容する為の業者も伴い、会社関係者及び遺族と共に全てが始まった場所へと向かった。
遺体を収容する作業中、遺族の一部が私に詰め寄る事態もあったが、私はただ頭を下げるしか出来なかった。補償については会社が全てやってくれる手筈になっている。
慰霊の儀式を終えた私は、予め手配していた車両に乗り換え、一機のアリシア2234-LMNを連れてその地を離れた。
それは、彼女のデータをコピーした機体だった。しかし当然のことだが、そのアリシア2234-LMNは<彼女>ではなかった。分かっていたことだ。データをコピーしただけでは、要人警護用のアリシア2234-LMNの特別仕様機が出来るだけにすぎない。彼女と同じ戦闘のエキスパートではあっても、それは決して彼女ではない。
それでも、彼女のデータをコピーしたそのアリシア2234-LMNは、彼女の記憶も持っていた。それを頼りに、彼女との行程を辿る。エアコンの利いた自動車でのそれは、荒れた路面からくる乗り心地さえ我慢すれば実に快適だった。早く、そして星を見る時間もなかった。日が傾く前に、その場所に辿り着く。
自動車を降りて近付くとそこには、地面を掘って彼女が隠した簡易トレーラーがそのまま残されていた。食料用のコンテナも、ウォーターサーバー用のタンクもそのままだ。ただ砂が厚くかぶさり、遠目には殆ど地面と区別がつかなくなっている以外は。
視線を移すと、その先には、今回の最後の目的地であるカルクラの町が小さく見えていた。
再び自動車に乗り込み、カルクラを目指す。
「身分証明書は?」
町の出入り口で銃を構えて私に訊いてきたその男の声には、聞き覚えがあった。クラヒのトラックの荷台に隠れて町に入った時に聞いた男の声だ。生きていたのか。声から受けていた印象そのままの野卑な髭面のその男に向かって私は思わず笑いかけていた。ちょっと多めにチップを渡すと、男は碌に身分証明書さえ見ずに通してくれた。
ただ男は、アリシア2234-LMNを見て、
「お、ラブドールかよ。あんた金持ちなんだな」
と下卑た笑いを向けてきたりもしたが。しかし、私が連れているアリシア2234-LMNはそれに全く動じることはない。ただただデフォルトの笑顔を浮かべながら頭を下げただけである。
町に入ると、あの時の戦闘がまるで嘘だったかのように普通の暮らしがそこにはあった。人々は当たり前のように行きかい、日常の喧騒が耳に届いてくる。もっとも、ここの住人にとってはあの戦闘さえ日常の一部なんだろうが。
なお、私に懸けられた賞金は既に取り消されたから大丈夫の筈だが、まあもし何かあってもアリシア2234-LMNがいるから心配ないだろう。
記憶を頼りに、あの場所を目指す。最後に彼女の姿が確認出来たあの場所を。
この辺りの筈だという場所にまで来て自動車を降り、私は周囲を見回した。戦闘の跡は生々しく残されているが、判然としない。
「分かるか?」
とアリシア2234-LMNに問い掛けてみるが、
「光景の適合率78%。この場所である可能性は高いと思われますが、断定は出来ません」
感情の込められていないその言葉に、私は何か空しいものを感じてしまう。
「……む…?」
だがその時、私の前に、足を引きずるように歩く、町の人らしき一人の女性が現れた。ブルカと呼ばれる、地球における中東地域の民族衣装を模したと思われる黒い服で全身が覆われていて人相も全く分からないが、それを着るのは基本的に女性だけの筈だから、女性だと思ったのだ。
この地域も、地球の中東地域の影響を強く受けてはいるが、ブルカやアバヤの着用を義務付けられるほど厳格ではないので、一部の女性が自ら好んで着ている以外はせいぜいヒジャブと呼ばれる頭巾を着けているくらいだ。
物乞いか物売りかと思って身構える私に、その女性は言った。
「千堂様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
!? その声は、まさか…?
その女性が、目の部分がメッシュになっている頭巾を取ると、そこにいたのは間違いなく、間違えようもなく、確かに彼女だった。
「はい、間違いなく私です」
ウイッグの代わりにヒジャブを被り、顔の右半分は補修用金属テープで覆われた彼女はそう言いながら、ブルカの袖や裾をまくり上げて、旧式のレイバーギアの腕で代用された左腕と、膝から下が剥き出しになったフレームに金属パイプが針金でくくり付けられ、まるで絵本に出てくる海賊の義足のようになった右足を私に見せた。
「アリシア…生きて、いたのか……?」
私は、それだけを絞り出すように声にするのが精一杯だった。そんな私に彼女はアリシア2234-LMNを見ながら言う。
「実は千堂様の前に来させていただくずっと以前に彼女には気付かれていたんですが、千堂様を驚かせたくて黙っててもらったんです」
そう言って笑った彼女の顔は、私の背後で微笑み返す本来のアリシア2234-LMNよりずっと幼く、まるでいたずらが成功して喜んでいる子供の様にさえ見えた。呆然とする私に向かって彼女は続ける。
「ご覧の通り、機能の87%は失われてしまいましたが、辛うじてメインフレームは損傷を免れ、メモリーは無事でした。戦闘後、ジャンク屋に拾われた私は今、そのジャンク屋でレイバーギアとして働かせていただいています。それにしても、この姿を千堂様に見られると、何故かメインフレームに未知の負荷がかかってしまいます。もしかするとこれが、人が言う『恥ずかしい』という感情なのでしょうか?」
若干上目遣いになって私に問い掛ける彼女に、私はようやく言葉を返すことが出来たのだった。
「気にするな……
言っただろう? 帰ったら新品同様にキレイに直してやるって…」
そのアリシアの周囲をバラバラになった壁が宙に浮かびながら取り囲んでいる。それがドローンであることはすぐに分かった。恐らくこれが<女神の盾>ということだな。ガトリングキャノンの銃撃を受け止めて破壊されたものは地面に落ちていた。だがそんなことはどうでもよかった。私はただ、彼女が生きていたことに安堵していた。しかし、その余韻に浸ることすら、私には許されていないようだった。
「ランドギアが接近中! それを追ってフライングタートルも接近中です! 千堂様、早く!」
アリシアが叫ぶ。それでも私は割り切れなかった。
「駄目だアリシア。お前も一緒に乗るんだ!」
そう言った私に、アリシアは微笑みかける。
「私のようなロボットをそこまで気遣ってくださる千堂様には、大変に感謝しています。そのお気持ちだけで、私は今、本当に満たされています。だからこそ無礼を働いてしまうことを、深くお詫び申し上げます」
その瞬間、私は上下の感覚を失い、ULTRA-MANの中へと転がり込んだ。それがアリシアの仕業であることに気付いた頃にはすでにハッチは閉じられ、体にかかった加速度に私はよろめく。ULTRA-MANが離脱を始めたのだ。
「止めろ! 彼女も助けるんだ!」
私は叫んだ。すると、機体内に設置された窓代わりのマルチスクリーンに外の景色が映し出され、その一部に男の姿が映し出された。獅子倉だった。
「こいつを止めろ獅子倉! 彼女を見殺しにする気か!?」
シートを掴んで体を支え、映し出された獅子倉に向かって叫ぶ。だが獅子倉は首を横に振った。
「もう遅い。既にULTRA-MANは町から離脱した。それがあいつの望みだ。せめて見届けてやってくれ」
獅子倉がそう言うと、いくつかのスクリーンが切り替わり、アリシアの姿が映し出されていた。彼女に付き従っているドローンの映像のようだった。その映像の脇には、姿勢制御用のローターが破損し本来の機動を発揮出来ない為、記録用カメラとして動作する旨のメッセージが表示されていた。
アリシアの先に、トールハンマーを抱えたランドギアの姿が見える。その銃口がアリシアに向かう前に、彼女がトールハンマーを向けていた。だが、撃たなかった。いや、撃てなかったのだろう。故障したのであろうそれを放り出す彼女の前に、ドローンが重なるように並ぶのが見えた。それが弾け飛んだが、アリシアは無事だった。いくつものドローンを重ねることでトールハンマーの質量弾の威力を殺したのだと思われた。
まるで弾丸のようにランドギアに迫るアリシアとそれを追うドローンを、カメラとなったドローンが遅れて追う。まるで私自身がアリシアを追って飛んでいるかのような感覚。
ランドギアに組み付こうとする彼女に、まるで爆発するかのような砂煙が襲い掛かる。画面の端に、フライングタートルの姿が見えた。アヴェンジャーの斉射を受けたのだろう。だが彼女はまた、ドローンをいくつも重ねることでそれを防いだのだった。しかし、数十機あった筈のドローンが、もう僅か数機になっているのも見えた。
アリシアは、ランドギアからトールハンマーを奪い取り、フライングタートルを撃つ。それは確実にセンサー部を捉え、感覚を失ったフライングタートルがゆっくりと降下していくのが見えた。その様子は、町が蹂躙を受ける危険が去ったことを告げていた。
降下していくフライングタートルを見詰めるアリシアの後ろ姿からは、安堵しているかのように緊張感が失われていると私には感じられた。
だが違う、まだ終わってない!
「まだだアリシア!」
私は思わず叫んでいた。だが、その声が彼女に届く筈もない。私が見ている画面には、体を起こしたランドギアが彼女に覆いかぶさるように飛びつく様子が映されていた。そして、もつれあって倒れた瞬間、爆炎と煙に包まれ、恐らく破片の直撃を受けたのであろうカメラが破壊され、何も見えなくなってしまったのだった。
「アリシアーッッ!!!」
ULTRA-MANは順調に飛行を続け、当初の目的地だったニューカイロに到着した。そこでは我が社の現地駐在員に迎えられ、私はそのまま病院へと搬送されて入院。医者の診断では、中度の脱水症状を起こしているものの他には打ち身や擦り傷程度で数日で退院できると告げられた。
しかし私に、喜びはなかった。それよりは、言葉では言い表し難い脱力感と虚無感に囚われ、呆けたようにベッドの上で数日を過ごした。
JAPAN-2におけるクーデターも、私が入院している間にすべてが終わっていた。新良賀ら副社長派による数々の違法な行為は次々と暴かれ、星谷社長が再び社長の座に就くことで、一週間に及んだこの馬鹿馬鹿しい騒動は、多くの犠牲を出しながらも実に呆気なく幕を閉じたのである。
退院後、JAPAN-2本社に戻った私は、星谷社長自身からの詫びと共に事の顛末を聞かされた。もっとも、その内容も私にとっては興味のあるものではなく、右から左へと聞き流していたのだが。
ただ、新良賀が執拗に私の命を狙ったのは、私がロボティクス部門の役員として、彼が進めていたメカトロニクス部門のプロジェクトを潰したことが原因らしいと聞かされた事だけは頭に残った。とは言え、当時の私にそんな意図はなく、結果としてそうなったに過ぎなかったのだ……
「そんな程度のことで……?」
その話を聞いた私は、つくづく人間の愚かさを思い知らされた気分になった。その程度のことを根に持つような小さな男であるのも拘わらず、副社長という権力を握れるような才覚を持ってしまったことが、今回の事件の一番の原因かも知れないと思った。
また、ただのゲリラがトールハンマーをいくつも持っていたことの謎も、本当につまらないものだった。
実はトールハンマーの初期ロットには致命的な欠陥があり、万全の状態で使っても十発も撃たないうちに砲身が焼け付いてしまうのだという。その為に回収されたそれらが廃棄処分という名目で横流しされ、二束三文でゲリラのもとに流れ着いたということだった。
その後、社長直々に、二ヶ月に及ぶ休暇と徹底したカウンセリングを、全て会社の負担で提供することを申し出られたが、それを受け入れる気分にもなれなかった。
私は、次の日にはもう、犠牲になった十四人の遺体の収容とアリシアを回収する為のプロジェクトを立ち上げていた。しかし、さすがに騒ぎが大きくなりすぎてすんなりとはいかなかった。様々な国の思惑が重なり合ったらしく、再びあの地域へ立ち入る許可がなかなか下りなかったのだ。
あらゆる方面への交渉や折衝を続けたことでようやくそれが認められた時には、私がその地を離れてからすでに一ヶ月が経過していた。ULTRA-MANのベースとなった機体と同型のフローティングバス三機をチャーターして、遺体を収容する為の業者も伴い、会社関係者及び遺族と共に全てが始まった場所へと向かった。
遺体を収容する作業中、遺族の一部が私に詰め寄る事態もあったが、私はただ頭を下げるしか出来なかった。補償については会社が全てやってくれる手筈になっている。
慰霊の儀式を終えた私は、予め手配していた車両に乗り換え、一機のアリシア2234-LMNを連れてその地を離れた。
それは、彼女のデータをコピーした機体だった。しかし当然のことだが、そのアリシア2234-LMNは<彼女>ではなかった。分かっていたことだ。データをコピーしただけでは、要人警護用のアリシア2234-LMNの特別仕様機が出来るだけにすぎない。彼女と同じ戦闘のエキスパートではあっても、それは決して彼女ではない。
それでも、彼女のデータをコピーしたそのアリシア2234-LMNは、彼女の記憶も持っていた。それを頼りに、彼女との行程を辿る。エアコンの利いた自動車でのそれは、荒れた路面からくる乗り心地さえ我慢すれば実に快適だった。早く、そして星を見る時間もなかった。日が傾く前に、その場所に辿り着く。
自動車を降りて近付くとそこには、地面を掘って彼女が隠した簡易トレーラーがそのまま残されていた。食料用のコンテナも、ウォーターサーバー用のタンクもそのままだ。ただ砂が厚くかぶさり、遠目には殆ど地面と区別がつかなくなっている以外は。
視線を移すと、その先には、今回の最後の目的地であるカルクラの町が小さく見えていた。
再び自動車に乗り込み、カルクラを目指す。
「身分証明書は?」
町の出入り口で銃を構えて私に訊いてきたその男の声には、聞き覚えがあった。クラヒのトラックの荷台に隠れて町に入った時に聞いた男の声だ。生きていたのか。声から受けていた印象そのままの野卑な髭面のその男に向かって私は思わず笑いかけていた。ちょっと多めにチップを渡すと、男は碌に身分証明書さえ見ずに通してくれた。
ただ男は、アリシア2234-LMNを見て、
「お、ラブドールかよ。あんた金持ちなんだな」
と下卑た笑いを向けてきたりもしたが。しかし、私が連れているアリシア2234-LMNはそれに全く動じることはない。ただただデフォルトの笑顔を浮かべながら頭を下げただけである。
町に入ると、あの時の戦闘がまるで嘘だったかのように普通の暮らしがそこにはあった。人々は当たり前のように行きかい、日常の喧騒が耳に届いてくる。もっとも、ここの住人にとってはあの戦闘さえ日常の一部なんだろうが。
なお、私に懸けられた賞金は既に取り消されたから大丈夫の筈だが、まあもし何かあってもアリシア2234-LMNがいるから心配ないだろう。
記憶を頼りに、あの場所を目指す。最後に彼女の姿が確認出来たあの場所を。
この辺りの筈だという場所にまで来て自動車を降り、私は周囲を見回した。戦闘の跡は生々しく残されているが、判然としない。
「分かるか?」
とアリシア2234-LMNに問い掛けてみるが、
「光景の適合率78%。この場所である可能性は高いと思われますが、断定は出来ません」
感情の込められていないその言葉に、私は何か空しいものを感じてしまう。
「……む…?」
だがその時、私の前に、足を引きずるように歩く、町の人らしき一人の女性が現れた。ブルカと呼ばれる、地球における中東地域の民族衣装を模したと思われる黒い服で全身が覆われていて人相も全く分からないが、それを着るのは基本的に女性だけの筈だから、女性だと思ったのだ。
この地域も、地球の中東地域の影響を強く受けてはいるが、ブルカやアバヤの着用を義務付けられるほど厳格ではないので、一部の女性が自ら好んで着ている以外はせいぜいヒジャブと呼ばれる頭巾を着けているくらいだ。
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「はい、間違いなく私です」
ウイッグの代わりにヒジャブを被り、顔の右半分は補修用金属テープで覆われた彼女はそう言いながら、ブルカの袖や裾をまくり上げて、旧式のレイバーギアの腕で代用された左腕と、膝から下が剥き出しになったフレームに金属パイプが針金でくくり付けられ、まるで絵本に出てくる海賊の義足のようになった右足を私に見せた。
「アリシア…生きて、いたのか……?」
私は、それだけを絞り出すように声にするのが精一杯だった。そんな私に彼女はアリシア2234-LMNを見ながら言う。
「実は千堂様の前に来させていただくずっと以前に彼女には気付かれていたんですが、千堂様を驚かせたくて黙っててもらったんです」
そう言って笑った彼女の顔は、私の背後で微笑み返す本来のアリシア2234-LMNよりずっと幼く、まるでいたずらが成功して喜んでいる子供の様にさえ見えた。呆然とする私に向かって彼女は続ける。
「ご覧の通り、機能の87%は失われてしまいましたが、辛うじてメインフレームは損傷を免れ、メモリーは無事でした。戦闘後、ジャンク屋に拾われた私は今、そのジャンク屋でレイバーギアとして働かせていただいています。それにしても、この姿を千堂様に見られると、何故かメインフレームに未知の負荷がかかってしまいます。もしかするとこれが、人が言う『恥ずかしい』という感情なのでしょうか?」
若干上目遣いになって私に問い掛ける彼女に、私はようやく言葉を返すことが出来たのだった。
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