愛しのアリシア

京衛武百十

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熱砂のアリシア

6日目・午前(ULTRA-MAN(エム・エー・エヌ)準備開始)

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「なんだ、生きてたのか。しぶとい奴だな」

結局、二十分ほど次々と開発部の連中と話をした後に、出し抜けにそんなことを言われた。獅子倉ししくらだった。

相変わらず礼儀を知らない奴だと思った。星谷ひかりたに社長が目を付けた天才でなければ、決して採用など認めないタイプの人間だった。だが今は、会社がクーデターで乗っ取られても変わらないその態度が、むしろ頼もしくも思える。

「毎度同じことを言うが、君とは同期だが私の方が年上で上司だ。わきまえてもらおう」

といつもの返事を返したが今回ばかりは、

「は? 解雇通知待ちの俺はともかく、お前はもうJAPAN-2ジャパンセカンドの人間じゃないだろ。関係ないな」

などと痛いところを突かれてしまった。だが、今はそんなこともどうでもいい。

「まあいい。お前の自慢の作品の方はどうなんだ?」

長話をしてる意味もないからな。単刀直入に行こう。

「お前が急がさなきゃ、完璧に仕上げてやったんだがな。だが、今でも機能の98%はいけてるぜ。後は、エアコンとオーディオのセッティングと、オプション用のアルゴリズムを組むだけだったんでな」

愛想のない言い方だったが、要点だけは伝わった。つまり問題ないということだな。とその時、獅子倉が言う。

「ところで、アリシア2234-LMNと一緒だそうだな。しかもCSK-305は潰したと。まあそっちはアリシアのメモリーを解析させてもらって後で確かめるからいい。とにかくアリシアを出してくれ」

意図がよく分からなかったがとにかく言われたとおりにアリシア2234-LMNと電話を替わった。

「はい、大変お世話になっております。アリシア2234-LMNです」

にこやかな顔でいかにもな挨拶をする彼女だったが、次の瞬間、

「はい、データリンク開始します」

と言って、固まったかのように動かなくなってしまったのだった。どうやら人間の耳には聞こえない周波数の音を使って、向こうとデータ通信を行っているようだった。

「データ受信エラー、18%。再度受信します…データ受信エラー、6%。再度受信します…データ受信成功。システムのアップデートを開始します」

さすがに低品質の無料通話ではエラーが多発したようだな。しかし、システムのアップデートとは、どういうことだ? 何か新しいオプションでも使うのでもない限り、慌ててする必要もない筈だが。

「システムのアップデート終了しました。オプションNo.4184htr6y4が使用できます」

やはりオプション用のアップデートなのか。戸惑う私をよそにアリシアは、

「獅子倉様が千堂様に変わって欲しいとおっしゃっています」

と、携帯を私に寄越した。

「オプションとは何のことだ、獅子倉?」

携帯を受け取るなり私はそう尋ねる。

「ULTRA-MANエム・エー・エヌ用のオプションが、お前が急かすからアルゴリズムが用意出来てないんだよ。元々、アリシアシリーズ用のオプションとして用意してたんで、そっちはアップデートだけで使えるようになるが、救難ポッドで使うにはアルゴリズムの大幅な変更が必要だったからな。まあ、何かの役に立つかも知れんだろ」

「だからそれは何なのか教えろと言っている」

「<女神の盾>だよ。攻撃用じゃないが、身を守るにゃうってつけだ。それよりあと三十分で準備できる。アリシアからそっちの位置も聞いた。待ってろ」

そう言って獅子倉は電話を切ってしまった。

女神の盾? 何のことだ? ロボティクス部の役員である私でも、そこで研究されているもの全てを把握してる訳ではない。しかし、私の承諾なしに作れるものと言えば、従来ある製品を別の目的に転用したものとかが殆どの筈だ。女神の盾、名前は大層だが、あまり大したものではなさそうだな。

それにしても、あと三十分で用意出来ると言っていたな。となると、時差六時間のこの場所までは、それを含めても一時間十分程で来る筈だ。後はそれまで待つしかないか。

私は事務所の窓から外を見た。すっかり日も上がって温度が高くなり始めてるのが分かる。アリシアは私の隣に立ち、同じように外を眺めていた。これで何とかJAPAN-2ジャパンセカンドには帰れそうだ。

JAPAN-2ジャパンセカンドと言っても、会社の方ではない。会社の名前の由来となった、日本によって作られた火星の都市のことだ。さすがにJAPAN-2ジャパンセカンド内では賞金目当てで私を狙うような人間もまずいない。そんなことをすれば警察に追われることになるからな。

実際には火星全土で賞金目当てでの殺人は違法行為だが、法の支配が十分でないところではその法自体が形骸化してしまっているのだ。

とにかくここにいるよりは、JAPAN-2ジャパンセカンドにいた方がまだ出来ることがあるだろう。

だが、私がそうやって帰ってからのことを考えようとしていたその時、突然アリシアの体がビクンッと跳ねて、そのまま停止してしまったのだった。

「どうしたアリシア!?」

そう言ってアリシアの方に振り向いた私の視界に、奥に繋がるドアを開けたクラヒの姿が映る。その手には、リモコンのようなものと、拳銃が握られていた。

「やっと見つかったぜ。かなり昔に手に入れてたんだけどよ、今でも使えるもんなんだな。非常停止信号ってやつ」

なに…!? 非常停止信号と言えば、レイバーギアやメイトギアが万が一制御不能になるようなことがあった時に、外部からの信号で一時的に機能を制限するものだった筈。しかし実際には、レイバーギアやメイトギア自体が、重大なトラブルが生じた場合には自ら停止することで問題が大きくなることを防ぐように設計されており、故に制御不能になるようなことは殆どなく、そのような事態に至るのは、99.999998%の確率でユーザーの不適切な改造や使用が原因で起こるものであることから、一応、法律上は非常停止信号によって停止する機能を付けるように義務付けられてるものの、今ではそんな機能があることを知ってる人間の方が珍しいという、ほぼ無意味な安全装置なのであった。

しかし、私でさえ今の今まですっかり忘れていたようなものが、まさかこんなところに残っていたとは。

「おっと、動くなよ。そのお姉ちゃんは動けなくても、俺の相棒はコンテナのシールドのおかげで停止信号は届いてないからな」

クラヒがそう言うと、無線充電コンテナに立てられていた彼のレイバーギアが動き出す。確かに無線充電コンテナは充電中に発生する電波で他の危機に影響を与えることがないようにシールドが施されていた。なるほど、充電する訳でもないのにそこに立たせていたのは、この為か。

アリシアを見ると、電源は入っている。しかし、停止信号の影響で殆どの機能がサスペンドされている状態だった。

「っと、やっと来やがったか。遅せーんだよ、まったく」

クラヒが忌々しげにそう言いながら窓の外に視線を向けるのに気付き、私も窓の外を見る。するとそこには、何台もの武装した車両と十人以上の人間が敷地内に入ってくる光景があった。それを見て私にも分かった。こいつらは、私を襲撃してきた奴らだ。

「俺は殺しはしねえ。だが、このままお前を引き渡して賞金はいただく。悪く思うなよ」

そう言いながら悪びれる様子もなく、クラヒはニヤニヤと笑いながら私に銃口を向けていた。しかも窓の外では、重機関銃を構えた車両が整列していく。

信用できないとは思っていたが、帰れる算段が付いたことで私にも油断があったのは事実だ。まったく、してやられたよ。

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