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熱砂のアリシア
5日目・深夜
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まさか、私に賞金を懸けて町の人間にまで狙わせるとか、いくら何でも執拗すぎる。しかも、相手の多くはゲリラですらない一般人ということになってくる可能性がある。さすがにこれまでのように容赦なく迎え撃つとはいかないかも知れない。もしかするとそれも狙いなのだろうか。
だがこれで、オッドーに向かうという私の狙いが無意味になった可能性が高くなったのは間違いないだろう。何しろ、私の命を狙ってる者は、ただ情報を流すだけで、まったく関わりのない人間にまで私の命を狙わせることが出来るのだ。ネットに情報を流せば、恐らくこの近郊全ての町や都市に一瞬で広まるのだから、オッドーには伝わっていないと考えられる理由がない。
ならばもう、カルクラに潜入し、そこで会社と連絡を取る方がまだ早いし確実だろう。
そこで私とアリシアは、この、ジャンク屋を営んでいるという、クラヒと名乗る男のトラックに隠れ、カルクラに潜入することにしたのだった。それに先駆けて、
「このアリシアが装備しているチェーンガンは、ランドギア用の9.6㎜だ。これの前には君のトラックなど紙細工と同じ。彼女はこれで常に君を狙ってる。私も乱暴なことはしたくない。君が素直に協力してくれれば、謝礼は払おう。私達を乗せてカルクラに戻り、適当なところで下してくれるだけでいい」
と、提案させてもらったのだった。それに対してクラヒは、
「分かった、分かったよ。運んでやるよ。だが、一千M$だ。今日の仕事を台無しにしようってんだから、俺もそれ以上は引けねえ」
と応じた。
「いいだろう。商談成立だ」
そう言って私は、クラヒのトラックの荷台のシートを掴んだ。そこにアリシアと一緒に隠れる為だ。だが、シートをめくった瞬間、ギョッとなった。フォボスの月あかりに照らされたシートの下に、人間のようなものが倒れていたように見えたからだ。
「バルデ社のレイバーギア、バルーシャ三型ですね」
アリシアがいつもの調子でそう言った。バルデ社のバルーシャと言えば、安価だがメンテナンス性耐久性に優れ、反面、クロッキー人形を思わせる素っ気ない外見を始めとしてデザイン的にも機能的にも見るところがなく華やかさといったものとも縁がないものの、市場においてはカスタマイズ用の素体としての需要もあり、コンスタントに売れ続ける影のヒット作と評される、過酷な環境下ではお馴染みのレイバーギアだった。なるほどこいつがこの男の相棒ということか。
そのレイバーギアと並んで荷台に伏せ、シートを被る。完全な闇の為に私の目では見えないが、いかにも人形然としたバルーシャと、よく見ないとロボットとは気付かれないアリシアとが並んでトラックの荷台に寝そべっているのは、いろいろと哀愁を誘う光景のような気がした。
とその時、私は荷台と運転席を仕切るボディに、人の頭が入りそうなくらいの穴が開いてることに気が付いた。穴の縁は指で触れただけでボロボロと崩れるほどにグサグサで、錆が進んで空いた穴だとすぐに分かった。
「アリシア。全周警戒頼む。敵対行動をとる者がいれば予告なく撃て」
その穴から運転席のクラヒにも聞こえるようにわざと大きめの声でアリシアに命じた。私が伊達や酔狂でこんなことをしているわけじゃないことをこの男にも実感してもらう為だ。
「おいおい、物騒なこと言うなよ。少なくとも今はあんたのことを知ってるのは俺しかいねぇよ」
私の覚悟がどれほど伝わってるかは分からないが、クラヒはそんな軽口を返してくる。
「ジャンク屋だと言ったな? こんな夜中に何をしに行くつもりだったんだ?」
カルクラに戻る道中の時間を使って、私は少しでも情報を得ようと思い、話しかけてみた。
「この町の東で戦闘があったっていう情報が入ったんでよ。しかもランドギアが何機も帰ってこねえって言うからにはジャンク屋としては放っておけねえだろ。って、もしかしてそれ、あんたらがやったのか?」
話の流れで察したのだろう。クラヒの声が高くなる。
「まあな。だが、ランドギアを倒したのはもう四日以上前だ。君らの情報速度がどの程度かは知らないが、まだ残ってるものかな。残っていれば、三機は排熱口を狙撃してパイロットを倒した形だったから、かなり綺麗な筈だが。もっとも、残りの二機はボディーに大穴が開いてるし、せいぜい部品しか取れないだろう」
私の言葉に、クラヒが息を呑む気配が伝わってきた。
「マジかよ…お前らだけでランドギアを五機もやったってのか?」
「いや、私のランドギアが倒したんだ。結局相打ちになったがね。だからあそこには、合計六機分のランドギアが放置されている」
「すげぇ、まさに宝の山だな。でも四日前かよ。完全に出遅れたな。情報屋の野郎。ゴミみてーな情報よこしやがって」
クラヒは苦々しく舌打ちし、毒づいた。だが私はそこで出てきた情報屋という言葉が気になっていた。
「その情報屋というのは、何者だ?」
「情報屋は情報屋だよ。オレリアで、社員五人のケチくせーWEB新聞社の記者をやってる奴だが、取材で集めた情報を個人でも売って小遣い稼ぎしてるチンピラさ。本当はこういうのは他人には言わねーものだが、ゴミ情報売りつけたお返しだ」
「…その情報屋は、他に何か言ってなかったか? 例えば、誰がそのランドギアを雇ったとか…?」
「いや、聞いてねえ。ただ、オレリアを拠点にしてるゲリラにものすげえ金払いのいいスポンサーがついてやたら盛り上がってるみてぇなことは言ってたかな」
「そうか…」
どうやらそれ以上のことは分かりそうにないと判断し、私は話を切った。今度は、カルクラについて尋ねてみる。
「カルクラには、ゲリラの拠点はあるのか?」
「いや、カルクラは小せえ町だからな。関わりのある奴はいるだろうが、拠点っていうほどじゃないと思う。オッドーにはでかい組織があるみてぇだがよ」
その話を聞いて、私はオッドー行きを取りやめて正解かも知れないと思った。ゲリラが拠点としているようなところに賞金が懸けられた私が迷い込んで発見でもされたら大変な騒ぎになってた可能性がある。
「では、カルクラで携帯電話は買えるか?」
「おいおい、こんな小せぇ町じゃ携帯が無くちゃやっていけねぇぜ。あんたらみたいのが使うような上等なのは無ぇと思うけどよ。ピンからキリまで大体手に入らあ」
「なら、今から戻ってすぐに手に入れられるか?」
「さすがに店は閉まってるけどよ。中古品や盗品の売人なら今からでも当りは付けられるぜ」
「よし、じゃあ、それで頼む。ただし、盗品はなしだ。正規品なら中古でも構わない」
「分かった。心当たりに連絡取ってやる。だがこれは別料金だぜ」
「もちろんそれでいい。無事にカルクラに着けたら払ってやる」
そう言って私は、手探りでジャケットのポケットの財布の中を確認した。普段はカードしか使わないが、万が一の場合に備えて一万M$くらいなら現金も入れてある。百枚程の札の感触はあった。
私達がそういうやり取りをしている間も、アリシアは私の命令通りにクラヒに銃口を向けたまま、周囲に対しても警戒している。右腕をサスペンション代わりにして上半身を支えつつ、チェーンガンは全く揺れていない。人間には不可能な、ロボットならではの姿勢だった。実際には暗くてよく見えてないが、ぼんやりと感じられるシルエットだけでも伝わってくる。
更には、私とクラヒとのやり取りの邪魔をしないように、一言も口を挟んではこない。その辺りの割り切りぶりも、ロボットならではであるだろう。
一方、私の方はと言えば、恐らくまともにメンテナンスもされていないトラックが荒れた路面で生み出す振動や揺れに翻弄されっぱなしではあったのだが。
だがこれで、オッドーに向かうという私の狙いが無意味になった可能性が高くなったのは間違いないだろう。何しろ、私の命を狙ってる者は、ただ情報を流すだけで、まったく関わりのない人間にまで私の命を狙わせることが出来るのだ。ネットに情報を流せば、恐らくこの近郊全ての町や都市に一瞬で広まるのだから、オッドーには伝わっていないと考えられる理由がない。
ならばもう、カルクラに潜入し、そこで会社と連絡を取る方がまだ早いし確実だろう。
そこで私とアリシアは、この、ジャンク屋を営んでいるという、クラヒと名乗る男のトラックに隠れ、カルクラに潜入することにしたのだった。それに先駆けて、
「このアリシアが装備しているチェーンガンは、ランドギア用の9.6㎜だ。これの前には君のトラックなど紙細工と同じ。彼女はこれで常に君を狙ってる。私も乱暴なことはしたくない。君が素直に協力してくれれば、謝礼は払おう。私達を乗せてカルクラに戻り、適当なところで下してくれるだけでいい」
と、提案させてもらったのだった。それに対してクラヒは、
「分かった、分かったよ。運んでやるよ。だが、一千M$だ。今日の仕事を台無しにしようってんだから、俺もそれ以上は引けねえ」
と応じた。
「いいだろう。商談成立だ」
そう言って私は、クラヒのトラックの荷台のシートを掴んだ。そこにアリシアと一緒に隠れる為だ。だが、シートをめくった瞬間、ギョッとなった。フォボスの月あかりに照らされたシートの下に、人間のようなものが倒れていたように見えたからだ。
「バルデ社のレイバーギア、バルーシャ三型ですね」
アリシアがいつもの調子でそう言った。バルデ社のバルーシャと言えば、安価だがメンテナンス性耐久性に優れ、反面、クロッキー人形を思わせる素っ気ない外見を始めとしてデザイン的にも機能的にも見るところがなく華やかさといったものとも縁がないものの、市場においてはカスタマイズ用の素体としての需要もあり、コンスタントに売れ続ける影のヒット作と評される、過酷な環境下ではお馴染みのレイバーギアだった。なるほどこいつがこの男の相棒ということか。
そのレイバーギアと並んで荷台に伏せ、シートを被る。完全な闇の為に私の目では見えないが、いかにも人形然としたバルーシャと、よく見ないとロボットとは気付かれないアリシアとが並んでトラックの荷台に寝そべっているのは、いろいろと哀愁を誘う光景のような気がした。
とその時、私は荷台と運転席を仕切るボディに、人の頭が入りそうなくらいの穴が開いてることに気が付いた。穴の縁は指で触れただけでボロボロと崩れるほどにグサグサで、錆が進んで空いた穴だとすぐに分かった。
「アリシア。全周警戒頼む。敵対行動をとる者がいれば予告なく撃て」
その穴から運転席のクラヒにも聞こえるようにわざと大きめの声でアリシアに命じた。私が伊達や酔狂でこんなことをしているわけじゃないことをこの男にも実感してもらう為だ。
「おいおい、物騒なこと言うなよ。少なくとも今はあんたのことを知ってるのは俺しかいねぇよ」
私の覚悟がどれほど伝わってるかは分からないが、クラヒはそんな軽口を返してくる。
「ジャンク屋だと言ったな? こんな夜中に何をしに行くつもりだったんだ?」
カルクラに戻る道中の時間を使って、私は少しでも情報を得ようと思い、話しかけてみた。
「この町の東で戦闘があったっていう情報が入ったんでよ。しかもランドギアが何機も帰ってこねえって言うからにはジャンク屋としては放っておけねえだろ。って、もしかしてそれ、あんたらがやったのか?」
話の流れで察したのだろう。クラヒの声が高くなる。
「まあな。だが、ランドギアを倒したのはもう四日以上前だ。君らの情報速度がどの程度かは知らないが、まだ残ってるものかな。残っていれば、三機は排熱口を狙撃してパイロットを倒した形だったから、かなり綺麗な筈だが。もっとも、残りの二機はボディーに大穴が開いてるし、せいぜい部品しか取れないだろう」
私の言葉に、クラヒが息を呑む気配が伝わってきた。
「マジかよ…お前らだけでランドギアを五機もやったってのか?」
「いや、私のランドギアが倒したんだ。結局相打ちになったがね。だからあそこには、合計六機分のランドギアが放置されている」
「すげぇ、まさに宝の山だな。でも四日前かよ。完全に出遅れたな。情報屋の野郎。ゴミみてーな情報よこしやがって」
クラヒは苦々しく舌打ちし、毒づいた。だが私はそこで出てきた情報屋という言葉が気になっていた。
「その情報屋というのは、何者だ?」
「情報屋は情報屋だよ。オレリアで、社員五人のケチくせーWEB新聞社の記者をやってる奴だが、取材で集めた情報を個人でも売って小遣い稼ぎしてるチンピラさ。本当はこういうのは他人には言わねーものだが、ゴミ情報売りつけたお返しだ」
「…その情報屋は、他に何か言ってなかったか? 例えば、誰がそのランドギアを雇ったとか…?」
「いや、聞いてねえ。ただ、オレリアを拠点にしてるゲリラにものすげえ金払いのいいスポンサーがついてやたら盛り上がってるみてぇなことは言ってたかな」
「そうか…」
どうやらそれ以上のことは分かりそうにないと判断し、私は話を切った。今度は、カルクラについて尋ねてみる。
「カルクラには、ゲリラの拠点はあるのか?」
「いや、カルクラは小せえ町だからな。関わりのある奴はいるだろうが、拠点っていうほどじゃないと思う。オッドーにはでかい組織があるみてぇだがよ」
その話を聞いて、私はオッドー行きを取りやめて正解かも知れないと思った。ゲリラが拠点としているようなところに賞金が懸けられた私が迷い込んで発見でもされたら大変な騒ぎになってた可能性がある。
「では、カルクラで携帯電話は買えるか?」
「おいおい、こんな小せぇ町じゃ携帯が無くちゃやっていけねぇぜ。あんたらみたいのが使うような上等なのは無ぇと思うけどよ。ピンからキリまで大体手に入らあ」
「なら、今から戻ってすぐに手に入れられるか?」
「さすがに店は閉まってるけどよ。中古品や盗品の売人なら今からでも当りは付けられるぜ」
「よし、じゃあ、それで頼む。ただし、盗品はなしだ。正規品なら中古でも構わない」
「分かった。心当たりに連絡取ってやる。だがこれは別料金だぜ」
「もちろんそれでいい。無事にカルクラに着けたら払ってやる」
そう言って私は、手探りでジャケットのポケットの財布の中を確認した。普段はカードしか使わないが、万が一の場合に備えて一万M$くらいなら現金も入れてある。百枚程の札の感触はあった。
私達がそういうやり取りをしている間も、アリシアは私の命令通りにクラヒに銃口を向けたまま、周囲に対しても警戒している。右腕をサスペンション代わりにして上半身を支えつつ、チェーンガンは全く揺れていない。人間には不可能な、ロボットならではの姿勢だった。実際には暗くてよく見えてないが、ぼんやりと感じられるシルエットだけでも伝わってくる。
更には、私とクラヒとのやり取りの邪魔をしないように、一言も口を挟んではこない。その辺りの割り切りぶりも、ロボットならではであるだろう。
一方、私の方はと言えば、恐らくまともにメンテナンスもされていないトラックが荒れた路面で生み出す振動や揺れに翻弄されっぱなしではあったのだが。
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