愛しのアリシア

京衛武百十

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熱砂のアリシア

3日目・日没後(遺体保護の為、塚を築く)

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昼間の訳の分からないテンションは、さすがにすっかり鳴りを潜めていた。

いくら精神的に普通じゃ無かったとはいえ、いくら極限状態にあったとはいえ、有り得ない。他人に見られなかったことがせめてもの幸いだと思った。

まあ、アリシア2234-LMNには見られていたが、ただのロボットだし、帰ってからメモリーを消去してしまえば大丈夫だろう。それに、業務上知りえた秘密は、司法関係者がきちんと法的な手続きを踏んだ上で正式に開示を依頼しない限り、決して口外することはないし。

ただ、冷静になった分、自分の置かれている状況が改めて思い知らされ、陰鬱な気分になるのも事実だった。

その一方で、アリシア2234-LMNには少しずつ私の身の回りのことをしてもらうようにした。再度、機体の中を調べて、私の替えの服を見付けてもらって着替え、機体の中に残されていた飲用ではない水を使って私のシャツを洗ったり、砂漠の一部である荒野故に夜は冷え込むので、内装用のウッドパネルを剥がして薪にして、暖を取る為に焚き火をしてもらったり、水の給仕をしてもらったりした。また、何度掃ってもすぐ砂まみれになるマットレスの掃除も、任せた。

それでもなお、食事についてはパックから直接食べるということをしてきたが、もう既に、それが意味のないただの強がりでしかないことも、正直言って自覚しつつあった。今日、捜索隊が現れなかったら、明日からは素直にアリシア2234-LMNに用意してもらおうかとも思った。

だが、それと同時に、アリシア2234-LMNに対する複雑な感情はかえって強まったような気もする。いかにもロボットらしい、躊躇も感情も感じられない無慈悲な殺戮と、人間に尽くす事を第一義とすることを象徴する微笑みとが私の中で噛み合わず、どこか嫌悪感のようなものを感じてしまっているのだった。とにかくその笑顔が、微妙に気に障るのだ。

とは言え、それが今はどうにもならないことも分かっている。気にしても無駄なのも分かっている。しかしだからと言って割り切れないのも人間という生き物の性だ。そういう意味では、いちいちこういう事を気にすることが無いロボットが羨ましくもある。

そんなとりとめのない思考を忘れようとするかのように、私はぼんやりと焚き火の火を眺めた。

と、その時、アリシア2234-LMNが声を発した。

「千堂様、周辺に動体反応があります」

何!? 奴らか!?

しかし、緊張する私に対し、アリシア2234-LMNは言った。

「脅威は高くありません。犬、野犬ですね」

野犬だと? 確かに、武装集団に比べれば脅威は低いかも知れないが、私のような生身の人間にとっては充分に脅威だ。

「こちらに近付いてくるのか?」

私の問い掛けに、アリシア2234-LMNは、

「いえ、現在は、私達が撃破した武装集団を捕食。つまり、遺体を食べています」

…また、なかなかにキツイことをサラッと言う。恐らく、そういう表現に対して抵抗感が強い相手にはまた違った言い方もする筈なのだが、私ならそれを受け止め切れると判断されたのだろう。実際、いい気はしないが別に大きく動揺するわけでもないし、持って回った言い方をされるのも確かに好きじゃない。報告は簡潔に、的確にを常に部下にも求めているくらいだ。

それにしても、野犬か……

確かに、火星には原生の動物はいない。すべて人間の持ち込んだものであり、その一部が野生化しているだけに過ぎない。地球で荒野に住む野生の犬と言うとコヨーテやジャッカルを思い浮かべるが、ここにいるのは洋犬和犬様々な、本来は飼い犬だったものの成れの果てだ。割と早い段階から捨てられる個体が続出し、社会問題にまでなったそうだ。一時に比べればその数は減らしたものの、それでもこうして野犬として世代を重ね、交配が進み、もはや何という犬種なのかも分からない、外見上は殆どコヨーテやジャッカルと見分けがつかない、まさに火星犬とでも言うべき独自の種として定着してしまっているのだった。

そいつらが、今、武装集団の死体を貪り食っているという訳か。ある種の自然のサイクルが出来上がっていると言ってもいいのかも知れないな。

だがそうなると、こちらの被害者達の遺体も狙われる可能性も出てくる。どうしようもないとはいえ、遺族にとっては痛ましいことだとも思う。そう思った時、アリシア2234-LMNがまた声を発した。

「こちらの方角からも、野犬の接近を確認しました。距離はまだ十分にありますが、接近しているのは間違いありません」

先ほどとは反対方向を向き、そう告げる。さて、どうしたものか……

「乗組員や、従業員の遺体は与えたくない。何とか出来るか?」

我ながら曖昧な指示だとは思ったが、具体的な対策が無い以上、他に言いようがなかった。

「承知しました。掘り起こすことが困難になるように、塚を築かれてはどうでしょう? 確実に防ぐことは難しいとは思いますが、遺体が荒らされる可能性を下げることは可能かと思われます」

塚? なるほど塚か。いいかも知れないな。

「では、やってくれるか?」

何人かは一か所にまとめてあるとはいえ、それでも複数の塚を築かせるとかまともな指示じゃないと自分でも思うが、アリシア2234-LMNは全く意に介することもなく、「承知しました」と応じるのだった。そして残骸の一つを拾い、

「千堂様。戦闘モードの使用を許可願います」

と言った。

「許可する。よろしく頼む」

そう私が応えるのと同時に、

「戦闘モード、受諾しました。これより遺体保護の為、塚の建設を行います」

と応じ、拾った残骸を、まるで紙細工を作るかのように変形させてシャベルのようなものを作り、人間には絶対に出来ない勢いで、一番近くにあった遺体の上に砂と土を積み上げて、見る間に高さ二メートル強、直径約五メートルほどの塚を築いてしまったのだった。

こういう作業は本来、レイバーギアと言う、土木工事や危険な場所での労務を担うロボットがいるのだが、戦闘モードにより一般的な作業用レイバーギアを上回る高出力を発揮するアリシア2234-LMNならではの作業でもあった。ただ、あまり何度もこういう使い方をすると、バッテリーの消耗も増えてしまう。そう思っていると案の定、

「バッテリー残量、50%を切りました。現在の作業を続けた場合の残り稼働時間、百時間。通常モードでの平均的な使用であれば五百時間が目安となります」

五つ目の塚を築いている時、アリシア2234-LMNがそう告げた。しかし、塚だけは築いておいてやりたいと思った。それに、万が一の時にはCSK-305から回収した予備バッテリーが使えるはずだ。そちらは基本的に軍用の規格品の為、アリシア2234-LMNの純正バッテリーとは別のものだが互換性はある筈だから、それほど心配も要らないだろう。とは言え、今のバッテリーを強引に移植する時に予備のコネクタを改造して使ってしまったので、電源を落とさずバッテリー交換をするにはまた改造が必要になってしまうのが大変だが。

大小合計六個の塚を築き、深夜十二時を回る頃、十四人の遺体を野犬から守る作業は完了したのだった。

「千堂様。作業完了しました。通常モードに移行します。バッテリー残量、47%。推定稼働時間、残り四七〇時間です」

相変わらずの穏やかな話し方のせいで今一つ実感が湧かないが、大変な作業をこなしてくれたものだと思う。それについては私も素直に「ありがとう」と言わずにはいられないのだった。

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