愛しのアリシア

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
2 / 804
熱砂のアリシア

4日目・午後(残り87㎞)

しおりを挟む
正午を少し過ぎた頃の休息中、また、武装集団の襲撃があった。

「千堂様。こちらに近付いてくる者がいます。人数は約二十名。武装車両八台に分乗し、接近中。照合…照合終了。四十七時間前に撤退した武装集団の構成者と80%一致しました」

またか…しつこい奴らだ。よほど金を積まれたか、事情があるんだろう。だが、奴らはこちらを生け捕るつもりはなく間違いなく殺しに来ている。本意ではないが、迎え撃つしかない。

「その集団の装備は?」

メイトギアのアリシア2234-LMNしかいない今は、ランドギアを使われたら恐らく持ち堪えられない。奴らが使っていた旧式のランドギアであっても、要人の盾でしかないアリシア2234-LMNよりは戦闘力は高い。私は覚悟を決めていた。しかし。

「高脅威が予測される装備は確認できません。携行火器と、車載型の重機関銃を確認。携帯型のロケット砲等の装備も推測されますが、現在は確認できません」

とのアリシア2234-LMNの言葉に、私は少しほっとしていた。さすがにロケット砲を使われると厳しいが、ランドギアがいないなら望みはある。

「警告、ロケット砲を確認! 発射されました。迎撃します」

と言い終える前にアリシア2234-LMNはチェーンガンを発射。飛んでくるロケット弾を空中で迎撃していた。そして武装集団に向かってセミオートにしたチェーンガンを斉射。

「車両三台を迎撃成功。敵集団は散開。こちらを包囲するものと思われます」

その報告に私は、

「よし、最も脅威が高いと思われる小集団から各個撃破」

こういう時は弱いところを狙うのがセオリーだとは思うが、私は戦闘の専門家じゃない。アリシア2234-LMNの能力を信じ、一番の脅威から排除することを指示した。しかしその瞬間、

「ロケット砲発射を確…!」

言葉の途中でアリシア2234-LMNの至近距離にロケット弾が着弾、爆炎と砂煙で、一瞬、姿が見えなくなった。だが、その煙の中からチェーンガンが斉射され、左に回り込もうとしていた車両二台を破壊する。

煙が晴れて姿を現したアリシア2234-LMNに、今度は重機関銃によるものと思しき銃撃が降り注いだ。とは言え、遠距離からの重機関銃程度ではアリシア2234-LMNの防弾スキンは破れない。着弾の熱と衝撃で変色はするものの、ほぼノーダメージの筈だ。右腕で、最も耐弾性が低い両目カメラを庇いつつ、予測射撃で重機関砲を装備した車両をチェーンガンで撃破した。

するとその途端、武装集団は踵を返し、撤退を始めたのだった。やはり、あちらの頼みの綱だった小集団を撃破したことで、作戦が狂ったんだろう。



「半径5㎞以内に脅威は確認できません」

完全に姿が確認できなくなったことを確認して、アリシア2234-LMNは迎撃モードを解除した。

「ご無事でしたか? 千堂様」

あれほどの戦闘の後でも決して崩れない笑みを湛えたまま、アリシア2234-LMNは私に近付いてきた。しかしその姿は、至近距離へのロケット弾の着弾や重機関銃の弾丸の直撃を物語る防弾スキンの変色で、まるで茶色い痣のようになっていた。もちろん機械は痛みなど感じない。にも拘らず、少女のような姿をしたアリシア2234-LMNのそれは、脚も腕も顔も、直視するのを躊躇わせるくらい、痛々しさを感じさせるものだった。

私は思わず目を逸らしながら、「大丈夫だ」と応えていた。

そうだ。彼女は苦痛など感じない。腕がもげようと足がもげようと、彼女はその笑みを浮かべたまま、私に話しかけるだろう。その異様さが、私に彼女を直視することを避けさせた。

その後、さすがにそのままでは危険だと思い5㎞ほど移動して、再び休息をとる。彼女はマントの様に羽織ったシートを広げ、簡易テントの支柱として私を直射日光から守ってくれていた。何時間でも、身動き一つ取らずに。

私は彼女に背を向けて、寝た。彼女の姿が目に入るのが嫌だった。痣にも見える斑模様を手足や顔面に浮かび上がらせて、テントの支柱の役目をする少女のようなその姿を、見たくなかった。

日が傾き、岩が長い日陰を作ってくれるようになった頃、私はそこで日光を凌ぎ、彼女が、アリシア2234-LMNが、武装集団の落としていったコンロで温めた缶詰を食べるのだった。

他にも、撃破した武装集団が作戦指示書のようなものを持っていないかアリシア2234-LMNに調べさせたが、それらしいものは発見できなかった。ただ、奴らの一人が持っていた携帯電話を手に入れることができた。GPSも無く衛星通信式のものではない安価な物だったから連絡は取れないが、通信記録からオレリアにいる何者かと連絡を取り合っているのが、アリシア2234-LMNによる電話番号検索で分かった。一番近いからとそちらを選んでいたら、それこそ囲いの中に飛び込むようなものだったかも知れない。

もっとも、私が西に向かって移動してることは奴らも気付いただろうから、対応してくる可能性はあるが。

しかし今の私には他に方法が無い。極力急いで、オッドーに向かおう。同時に、少しでも奴らを攪乱する為にカルクラに向かっているように進路を調整しようとも思う。その分、到着が遅れるかもしれないが、止むを得ない。

「食後のコーヒーはいかがですか?」

彼女に話掛けられ、私は思わずそちらを見た。が、さらに日が傾き赤くなった彼女の顔は、斑模様が目立たなくなっていて、視線を向けることが出来た。

「…そうだな、頂こう」

私の自家用ジェットに備え付けられていた食料品の中からコーヒーを見付けた彼女が、勧めてくる。この時私は、何となく彼女が話しかけてくることに対して嫌悪感のようなものが薄らいでいるような気がしたのだった。無論それは、彼女の献身に情を感じた訳じゃない。彼女のそれは献身などではなく、ただのプログラムに過ぎない。どんなに人間らしいやり取りをしても、彼女には心などない。

辛いとか、苦しいとか、痛いとか、もうこんな役目は嫌だとか、彼女は決して思わない。自分に与えられたプログラムやアルゴリズムに忠実に従って、ただ壊れるまで私を守ろうとするだけだ。そんなことは分かっている。何しろ我が社の自慢の製品だ。こんなことは造作もない、当たり前の結果でしかない。

私が感謝の言葉など掛けなくても、彼女は何一つ不平不満も漏らさない。私が苛立ちをぶつけて殴っても蹴ってもあの笑顔を向けてくるだろう。彼女はそういう機械なのだ。

人間のどんな理不尽な振る舞いにも耐え、常に人間が最も安心できる対応を模索し、その時に最も適切な行動を自らに課し、人間の為に尽くす。その対価が例えゴミのように打ち捨てられる事だとしても、彼女は人間を恨んだりしない。そういう風に、我々が作ったのだ。

…何という、おぞましい機械だろうか。

CSK-305は、純粋にただ戦うだけの機械だ。相手が人間かどうかは関係ない。ただ敵を打ち倒す為だけに、媚びを売ることも無く、人の心を推測しようともせず、とにかく勝利することだけを目的に戦う。彼女に比べれば、まだ、CSK-305の方がむしろ道具として潔い気がしてくる。

だが彼女の笑顔は、人間の醜さを、業の深さを、容赦なく照らし出してくるかのようだった。彼女に対する嫌悪感が薄れたのは、その分、私自身を含めた人間へのそういう複雑な感情にすり替わったからかも知れない。私達は、なんてものを作ったのだろうか……

今となっては遥か昔と言えるほどの昔、彼女達メイトギアの試作品が発表された時、強硬に反対してきた者たちがいたという。今なら何となく気持ちが分かる気がする。神に対する冒涜とかそういうことよりもっと、人間の感覚として、彼女達の存在は異常なのだ。

とは言え、今はいくらそんなことを考えていても仕方がない。今の私は、彼女だけが頼みの綱なのだから。

日が暮れ気温が一気に下がり始めた頃、彼女が引く簡易トレーラーに乗り、私は西へと進路を取ったのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

腐っている侍女

桃井すもも
恋愛
私は腐っております。 腐った侍女でございます。 腐った眼(まなこ)で、今日も麗しの殿下を盗み視るのです。 出来過ぎ上司の侍従が何やらちゃちゃを入れて来ますが、そんなの関係ありません。 短編なのに更に短めです。   内容腐り切っております。 お目汚し確実ですので、我こそは腐ってみたいと思われる猛者読者様、どうぞ心から腐ってお楽しみ下さい。 昭和のネタが入るのはご勘弁。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

アルゴスの献身/友情の行方

せりもも
歴史・時代
ナポレオンの息子、ライヒシュタット公。ウィーンのハプスブルク宮廷に閉じ込められて生きた彼にも、友人達がいました。宰相メッテルニヒの監視下で、何をすることも許されず、何処へ行くことも叶わなかった、「鷲の子(レグロン)」。21歳で亡くなった彼が最期の日々を過ごしていた頃、友人たちは何をしていたかを史実に基づいて描きます。 友情と献身と、隠された恋心についての物語です。 「ライヒシュタット公とゾフィー大公妃」と同じ頃のお話、短編です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/268109487/427492085

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。  その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。  すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。 「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」  これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。 ※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

乾坤一擲

響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。 これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。 思い付きのため不定期連載です。

処理中です...