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外伝
外伝2 「戸野上探偵事務所の報告書」
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山下沙奈子。城森第二小学校四年二組。出席番号二十六番。誕生日は五月十二日。性格は非常に内向的。積極的に他人と関わることができず、状況に流されるタイプ。
その性格が形成された大きな要因は、親からの虐待と思われる。日常的に身体的な虐待を受けてた所見は一見しただけでは見当たらないものの、相手が威圧的な態度を取ったりした場合の過剰な防衛反応から、明確な痕跡が残るほどではないにせよ、決して少なくない頻度で折檻等の暴行を受けてたであろうことは想像に難くない。
しかしそれ以上に深刻なのが、彼女の親による育児放棄である。母親の所在はおろかその身元さえ判明しておらず、戸籍上に母親と記されている女性とは血縁関係が無いことが確認されているため、出生届の内容が虚偽であった疑いがあり、現在私文書偽造の可能性もあると見て捜査が行われている模様。ただ、彼女の出生証明書を作成した医師は既に他界しており、当該の産院も閉鎖されているため、当時の病院関係者を当たるなどの形を取らざるを得ず、難航していると思われる。しかも厳密には、彼女が生まれたとされる時刻はその医師の死亡時刻に非常に近く、かつ時間が遡っているため実際にその産院で分娩が行われたのかも定かではない。状況的には、自宅等で分娩したものをその産院で出産したように装った可能性が窺われる。
また、父親の身元は判明しておりこちらとは血縁関係があることも確認されているものの、現時点では消息不明。友人知人に多額の借金をしておりそれから逃げる為にも所在を明かさないようにしているものと思われる。幸い、闇金等の違法な業者からの借り入れは確認されておらず、違法取り立て等の悪質行為が彼女とその周囲に及ぶ可能性は低いと推測される。
現状として山下沙奈子は、父親である山下萃の実弟、山下達とその妻である山下絵里奈(旧姓・山田)の下で養育されており、その関係は今のところ良好なようである。そのためか彼女の内向的な部分に、大幅な改善傾向がみられる。山下達の下に預けられた当初はほとんど言葉を発することもなかったそうだが、近頃は一般的に内向的と言われる程度の会話は出来る模様。
昨年十二月に山下沙奈子を担当する児童相談所内において何らかの事件があったらしく、山下沙奈子が救急車で緊急搬送され左腕を負傷していたことが確認されている。さらにこれに前後して山下達が、会社の同僚である山田絵里奈と入籍した模様。かつ、二人の同僚である伊藤玲那も山下達宅に頻繁に出入りしており、ある種の共同生活を送っているものと思われる。ただし、このことが事件とどう関係しているかは現時点では明らかになっていない。
現時点では周囲の証言からの推測でしかないが、どうやら児童相談所に山下沙奈子が虐待を受けているという通報があったと思われる。しかしその内容は虚偽である可能性が高く、当事務所の調査員の私見では虐待が事実である可能性は極めて低いと言わざるを得ないとのことである。
なお、余談ではあるが、彼女の名前「沙奈子」は、本来「沙奈」とされるべきところを、父親の代理で出生届を作成したと思われる医師または病院関係者が誤って「沙奈子」と記入してそのまま受理されてしまったという旨の話を、山下萃が酒の席で愚痴としてこぼしていたという証言を、彼の友人であり債権者の一人でもある遠藤忠通から得ている。ただし当の山下萃に接触できていない今の時点では、その証言の正確性についての裏付けは取れていないことも留意するべきである。
結論として、山下沙奈子の実父である山下萃に現在掛けられてる容疑は私文書偽造の一件であり、しかもそれを実行したのは、書類上、彼女が出生したとされている産院の医師もしくは病院関係者であるとみられ、立場上彼は共同正犯ないし教唆犯であって、罪状としては微罪と言えることから、今回の調査の主目標である山下沙奈子及びその周辺の人間に重大な影響を及ぼす可能性は決して高くないと当探偵事務所としては判断するものである。
ただし、今後の追加調査により山下萃に何らかの余罪があった場合にはこの判断が覆る可能性があることも重ねて留意願うものである。
以上が、私、星谷美嘉が調査を依頼した探偵事務所の調査報告書の概要です。
私がなぜ、このような調査を依頼したかと言いますと、事の発端は、去年の六月に山仁大希くんのクラスに、今回の調査の対象である山下沙奈子さんが転入してきたことでした。調査報告書にも書かれているとおり彼女は非常に内向的で、当初は自らクラスに馴染もうとはしなかったのですが、そういう彼女も何故か彼が接すると聞き分けが良かったようで、次第に彼と一緒に行動するようになったそうです。
しかし、それを快く思わなかった石生蔵千早が彼女に対して強く当たるようになり、それが次第にエスカレートして現在の彼女の保護者からイジメではないかと指摘を受けたことで学校側が千早に対して指導するということが、夏休みが開けたばかりの九月にあったとのことでした。ちなみに、その時のことが彼にとって印象的に残っていたことが、千早からのアタックを意地悪だと感じてしまった遠因でもあったようです。
その後、彼と千早は和解。それらをきっかけに千早も山下沙奈子さんに対して友好的に接するようになり、現在の様に三人で行動するという結果になったのです。
それで、何を申し上げたいのかと言いますと、山下沙奈子さんも、現在、私にとっても千早にとってもライバルだということです。先にも申し上げた通り彼女は非常に内向的なので積極的に彼に対してアプローチを掛けてくるわけではないのですが、逆にそれが彼の『親切にしてあげなきゃ』という優しい気持ちを掻き立てるらしく、最近は特に彼との関係が急接近してるのではという相談が、千早から私にあったのでした。
とは言え、去年の彼の学校の運動会の際に紹介されたことをきっかけに山下沙奈さんやそのご家族と交流を始めたこともあり、かつ私と千早との出会いの際のあれこれに懲りていたことで、今回こそ慎重に成り行きを見守ろうとしていたのですが、たまたま知り合いの刑事が彼と千早に山下沙奈子さんのことを訊いているところに出くわしてしまったことで、これは何か不穏なことが彼女の周りで起きていると感じ、それがどのようなことであるか、またそのことが彼に累を及ぼさないかということが心配になり、探偵を雇ってその概要を把握しようと思ったというわけです。
知り合いの刑事にも直接当たってみたのですが、さすがに捜査上の情報は私にも明かしてもらえませんでしたので、このような少々回りくどい形になってしまいました。
ですが、その甲斐あって私の不安は、少なくとも今の時点では杞憂であると言えるのが分かりました。
しかし同時に、山下沙奈子さんの実のお父さんである人物が消息不明で、その行動が把握できないことは大きな不安材料であることもまた事実です。また、現在の保護者である人物が本当に彼女を大切にしているのかどうかによっても、彼女の今後の振る舞いに大きな影響を与えるでしょう。
以上の点から、私は探偵社に継続調査をお願いしているところです。その費用を捻出するため、現在は母の名義で出願し母の口座に入金されていた美容機器に関する特許料の一部を、母にお願いして私の口座に入れてもらうことにしたのでした。
その性格が形成された大きな要因は、親からの虐待と思われる。日常的に身体的な虐待を受けてた所見は一見しただけでは見当たらないものの、相手が威圧的な態度を取ったりした場合の過剰な防衛反応から、明確な痕跡が残るほどではないにせよ、決して少なくない頻度で折檻等の暴行を受けてたであろうことは想像に難くない。
しかしそれ以上に深刻なのが、彼女の親による育児放棄である。母親の所在はおろかその身元さえ判明しておらず、戸籍上に母親と記されている女性とは血縁関係が無いことが確認されているため、出生届の内容が虚偽であった疑いがあり、現在私文書偽造の可能性もあると見て捜査が行われている模様。ただ、彼女の出生証明書を作成した医師は既に他界しており、当該の産院も閉鎖されているため、当時の病院関係者を当たるなどの形を取らざるを得ず、難航していると思われる。しかも厳密には、彼女が生まれたとされる時刻はその医師の死亡時刻に非常に近く、かつ時間が遡っているため実際にその産院で分娩が行われたのかも定かではない。状況的には、自宅等で分娩したものをその産院で出産したように装った可能性が窺われる。
また、父親の身元は判明しておりこちらとは血縁関係があることも確認されているものの、現時点では消息不明。友人知人に多額の借金をしておりそれから逃げる為にも所在を明かさないようにしているものと思われる。幸い、闇金等の違法な業者からの借り入れは確認されておらず、違法取り立て等の悪質行為が彼女とその周囲に及ぶ可能性は低いと推測される。
現状として山下沙奈子は、父親である山下萃の実弟、山下達とその妻である山下絵里奈(旧姓・山田)の下で養育されており、その関係は今のところ良好なようである。そのためか彼女の内向的な部分に、大幅な改善傾向がみられる。山下達の下に預けられた当初はほとんど言葉を発することもなかったそうだが、近頃は一般的に内向的と言われる程度の会話は出来る模様。
昨年十二月に山下沙奈子を担当する児童相談所内において何らかの事件があったらしく、山下沙奈子が救急車で緊急搬送され左腕を負傷していたことが確認されている。さらにこれに前後して山下達が、会社の同僚である山田絵里奈と入籍した模様。かつ、二人の同僚である伊藤玲那も山下達宅に頻繁に出入りしており、ある種の共同生活を送っているものと思われる。ただし、このことが事件とどう関係しているかは現時点では明らかになっていない。
現時点では周囲の証言からの推測でしかないが、どうやら児童相談所に山下沙奈子が虐待を受けているという通報があったと思われる。しかしその内容は虚偽である可能性が高く、当事務所の調査員の私見では虐待が事実である可能性は極めて低いと言わざるを得ないとのことである。
なお、余談ではあるが、彼女の名前「沙奈子」は、本来「沙奈」とされるべきところを、父親の代理で出生届を作成したと思われる医師または病院関係者が誤って「沙奈子」と記入してそのまま受理されてしまったという旨の話を、山下萃が酒の席で愚痴としてこぼしていたという証言を、彼の友人であり債権者の一人でもある遠藤忠通から得ている。ただし当の山下萃に接触できていない今の時点では、その証言の正確性についての裏付けは取れていないことも留意するべきである。
結論として、山下沙奈子の実父である山下萃に現在掛けられてる容疑は私文書偽造の一件であり、しかもそれを実行したのは、書類上、彼女が出生したとされている産院の医師もしくは病院関係者であるとみられ、立場上彼は共同正犯ないし教唆犯であって、罪状としては微罪と言えることから、今回の調査の主目標である山下沙奈子及びその周辺の人間に重大な影響を及ぼす可能性は決して高くないと当探偵事務所としては判断するものである。
ただし、今後の追加調査により山下萃に何らかの余罪があった場合にはこの判断が覆る可能性があることも重ねて留意願うものである。
以上が、私、星谷美嘉が調査を依頼した探偵事務所の調査報告書の概要です。
私がなぜ、このような調査を依頼したかと言いますと、事の発端は、去年の六月に山仁大希くんのクラスに、今回の調査の対象である山下沙奈子さんが転入してきたことでした。調査報告書にも書かれているとおり彼女は非常に内向的で、当初は自らクラスに馴染もうとはしなかったのですが、そういう彼女も何故か彼が接すると聞き分けが良かったようで、次第に彼と一緒に行動するようになったそうです。
しかし、それを快く思わなかった石生蔵千早が彼女に対して強く当たるようになり、それが次第にエスカレートして現在の彼女の保護者からイジメではないかと指摘を受けたことで学校側が千早に対して指導するということが、夏休みが開けたばかりの九月にあったとのことでした。ちなみに、その時のことが彼にとって印象的に残っていたことが、千早からのアタックを意地悪だと感じてしまった遠因でもあったようです。
その後、彼と千早は和解。それらをきっかけに千早も山下沙奈子さんに対して友好的に接するようになり、現在の様に三人で行動するという結果になったのです。
それで、何を申し上げたいのかと言いますと、山下沙奈子さんも、現在、私にとっても千早にとってもライバルだということです。先にも申し上げた通り彼女は非常に内向的なので積極的に彼に対してアプローチを掛けてくるわけではないのですが、逆にそれが彼の『親切にしてあげなきゃ』という優しい気持ちを掻き立てるらしく、最近は特に彼との関係が急接近してるのではという相談が、千早から私にあったのでした。
とは言え、去年の彼の学校の運動会の際に紹介されたことをきっかけに山下沙奈さんやそのご家族と交流を始めたこともあり、かつ私と千早との出会いの際のあれこれに懲りていたことで、今回こそ慎重に成り行きを見守ろうとしていたのですが、たまたま知り合いの刑事が彼と千早に山下沙奈子さんのことを訊いているところに出くわしてしまったことで、これは何か不穏なことが彼女の周りで起きていると感じ、それがどのようなことであるか、またそのことが彼に累を及ぼさないかということが心配になり、探偵を雇ってその概要を把握しようと思ったというわけです。
知り合いの刑事にも直接当たってみたのですが、さすがに捜査上の情報は私にも明かしてもらえませんでしたので、このような少々回りくどい形になってしまいました。
ですが、その甲斐あって私の不安は、少なくとも今の時点では杞憂であると言えるのが分かりました。
しかし同時に、山下沙奈子さんの実のお父さんである人物が消息不明で、その行動が把握できないことは大きな不安材料であることもまた事実です。また、現在の保護者である人物が本当に彼女を大切にしているのかどうかによっても、彼女の今後の振る舞いに大きな影響を与えるでしょう。
以上の点から、私は探偵社に継続調査をお願いしているところです。その費用を捻出するため、現在は母の名義で出願し母の口座に入金されていた美容機器に関する特許料の一部を、母にお願いして私の口座に入れてもらうことにしたのでした。
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