9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと

京衛武百十

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バースデイ

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人の出会いというのは本当に不思議なものだと思います。出会うことそのものも不思議なのですが、その出会った相手というものにとても大きな意味を感じてしまう場合もあるのです。

イチコ、フミ、カナ、千早さん、そして何より彼との出会いが私を大きく変えてしまいました。こんなことが本当に起こるんですね。

彼と出会ったのは、暦の上では夏から秋に移りながらも実際には暑さ真っ盛りという頃でした。それが冷たい風に肩をすくめるようになるまでの間に、私は全くの別人になってしまった気がします。両親からも、『変わったね』と言われます。確かに自分でも分かるくらいに変わったと思います。

今夜はクリスマスイブ。私もいつもなら、今日明日と両親の付き合いであちらこちらのパーティに顔を出すところですが、今年は様子が全く違っていました。そう、今日はクリスマスパーティを兼ねた彼の誕生日のお祝いに招待されているのです。

私はもう二週間くらい前からそわそわしてしまって、文字通り浮足立っている状態でした。彼へのプレゼントをどうしようかとか、どんな格好をして行こうかとか。イチコからは普段通りの格好でいいと言われましたが、やっぱり今日くらいは特別な装いをしたいとも思いますし。なのでフォーマルな場でも使えるスーツにさせていただきました。

なのに、彼も、イチコも、フミも、カナも、千早さんも、本当にみんな普段通りの格好だったのです。

「ピカちゃん、先生みたいだ!」

と、彼にも言われてしまいました。

千早さんだけは、「かっこいい」って言ってくださいましたけど……

まあいいです。こうなるかもって少しは予想してましたから。それよりも、それぞれ食べたいものを持ち寄るということで、私はフランスに本店を持つ老舗パティスリーの、フォレ・ノワールという、お酒で漬けたチェリーが乗ったチョコレートケーキと、ブッシュ・ド・ノエルを用意しました。

「おお~」

いつものコタツでは小さすぎるということで出された大きめのテーブルの上にケーキを置くと、皆が声を上げます。

「う~ん、やっぱりセレブは違うねえ」

カナが腕を組みうなります。相変わらずオジサンみたいですね。

「それもそうだけど、いかにもなクリスマスケーキを選ばないあたりがピカらしいって感じだよね」

フミのそれは、褒めてるのでしょうか?

「おいしそう、おいしそう!」

彼がテーブルに手をついて跳ねます。行儀は良くないですけど、そんな姿も愛らしくて私の胸はきゅんとなります。

「はいはい、ヒロ坊は落ち着いて。用意用意」

イチコに促されて、「は~い」と彼が紙コップを並べ始めました。

フミはシャンパンに見立てた炭酸飲料と、炭酸が苦手なイチコと彼のためにオレンジジュースを、カナはピザを、イチコは今日だけは食べ放題だというスナック菓子を、千早さんにも手伝っていただいてそれぞれ並べていきます。

一気にパーティらしい雰囲気になり、私もなんだか楽しくなって来ました。

クリスマスパーティも兼ねているとは言え、メインは彼の誕生日パーティです。本来はあまりやらないことでしょうが、今回は特別にフォレ・ノワールにロウソクを十本立て、火を点けました。まだ外は明るいのでカーテンを閉めて照明を消し、ロウソクの火が部屋を照らすなか、皆で<ハッピーバースデイ・トウ・ユー>を歌います。

「ハッピーバースデイ、トウ、ユ~」

最後の一節を歌い終わった時、彼が勢いよくロウソクの火を吹き消しました。

「十歳の誕生日、おめでと~」

ロウソクの火が消えてカーテンも閉められた薄暗い部屋の中で、皆の拍手を受けた彼は真っすぐに立ち、少しだけ誇らしそうに胸を張りました。

カーテンを開けて照明も点けて、今度はプレゼントを渡します。イチコからは後で家族だけで改めてお祝いする時に渡すということだったので、フミからはミニカーが、カナからはサッカーボールが、千早さんからは手作りのバースデイカードが送られました。

そして、いよいよ私の番です。私の背後に置かれた、きれいにラッピングされた大きな箱を、彼は見た時から気になっていたようでした。そうです。それが私からのプレゼントでした。

「すご~、なにこれ? 開けていい?」

彼の体には大きすぎて持ち上げることもままならないその箱を抱えて彼が訊きます。もちろん私は「どうぞ」と応えました。

「よ~し」

彼は気合を入れるかのようにそう言って、ラッピングを開けていきます。以前、和菓子を差し上げた時には包み紙を乱暴に破いていた彼でしたが、今度はイチコにも手伝ってもらいながらもなるべく破らないように丁寧に開けていくのでした。彼も少しずつ成長してるのだと感じました。

ラッピングが開けられて箱が現れた時、彼が声を上げました。

「パソコンだ! すげ~!」

そう、それは彼専用にと私から送らせていただいた、ノートバソコン。それもゲーミングパソコンと呼ばれる高性能ノートパソコンでした。しかも、そのメーカーのラインナップの中では一番の高性能機です。

彼は今、サンドボックスゲームというゲームにはまっていて、イチコがパソコンでそれをやってるのを羨ましがっていたのを私は知っていたのです。

「いや、これはガチ過ぎるでしょ?」とフミ。

「はっきり言ってあたしは今、ドン引きしている!」とカナ。

「ちょっとピカ、オモチャじゃないの!?」とイチコ。

「いいなあ~」と千早さん。

いいですね、この反応。やっぱり嫌いじゃありません。

「ピカ、いくら何でもこれはやり過ぎだよ…! 私てっきりミニカーとかを走らせて遊ぶオモチャ辺りかと思ってた。こんな高いのもらえないよ」 

さすがのイチコもこれには焦ったようでした。イチコがこれまで見せた中で一番の動揺した表情に、私はちょっとだけ心地良さも感じてました。何しろこれまでは、私ばかり驚かされてましたから。

「いいんですよ。誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを兼ねてますし、さらに、彼にコンピューターにも精通していただくための教材ですから。今後は彼にそういう勉強もしていただこうと思います」

私はきっぱりとそう言わせていただきました。

「ええ~…? でもこれじゃ、いくら何でもヒロ坊からピカへのプレゼントと釣り合わないよ」

『え…? 今何と? プレゼント? 彼から私に何かプレゼントがあるというのですか!?』

私は動揺しました。でも、思えばクリスマスパーティも兼ねてるのですから、プレゼント交換があってもおかしくはないのですが、そのクリスマスパーティというものの性質を完全に失念してたのです。

『プレゼント…! 彼が私にプレゼント……!?』

まさかの事態に、私の胸は高鳴りました。こんな小さな子がくれるものですから、たぶん手作りの何かだとは思うのですが、彼が私のために用意してくれたものだったらどんなものでも嬉しいです!

「しょうがないなあ、ほら、ヒロ坊、ピカちゃんにプレゼントあげて」

イチコに言われて彼が、「は~い」と答えながら私のすぐそばへと来てくれました。そして、

「ピカちゃん、ちょっと耳貸して」

と言われたのです。

『何でしょう…?』

と思いながら彼の口元に耳を近付けます。すると彼の息が耳にかかり、私は体がかあっと熱くなるのを感じました。

『はあぁ~~~……!』

腰から下の力が抜けそうになります。そんな私に彼が言うのです。

「あのね…」

その瞬間、私の頬に何かが触れました。柔らかくて、少し温かくて。

「……?」

だけど私は一瞬、それが何だか分かりませんでした。するとカナとフミが、

「おお~! ヒロ坊やるう~!」

「男前~!」

と声を上げました。千早さんも顔を真っ赤にしてこちらを見ています。

…まさか……?

そのまさかでした。耳打ちするふりをして、彼が私の頬にキスをしてくれたのです。

「―――――っっっ!?」

それに気付いたのと同時に、私の意識は遠のいていったのでした……



私が気を失っていたのは、時間にすればほんの数分だったそうです。

『……夢……?』

だけど意識が戻った時、私は自分が夢を見ていたのかと思っていました。

『そうですよね…あんなこと、現実には……』

彼にキスをされたのは夢の中でのことだったのかと、とても沈んだ気持ちになりました。なのに、

「いやいや、ほっぺにキスされて気絶するとかテレビ以外では初めて見たわ~」

カナが感心したように言いました。

『え? ということは、あれは夢じゃない…?

……え!? えぇ~~~~~~っっ!?』

頬に感じた感触を思い出した瞬間、体から顔から耳から頭のてっぺんまで熱くなるというのを、私は生まれて初めて経験しました。

「ごめんね、ピカちゃん、大丈夫?」

私を覗き込む彼の顔がまともに見られません。

「だだだ、大丈夫です…! 大丈夫です、ハイ!」

もう自分でも何を言ってるのか分かりませんでした。彼のことになっても冷静でいられるようになれたとか、とんでもない勘違いでした。そうして私はまた、気が遠くなりそうだったのでした。

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