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第六幕
カボチャのシチュー
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部屋のドアがノックされてメイヴが開けると、そこには皿を手にした女性が立っていた。
「ありがとう」
メイヴはその皿を受け取りつつ労いの言葉を掛け、女性が会釈したのを見届けてドアを閉めた。それから振り返り、皿をテーブルの上に置く。
色からするとカボチャのそれと思しきシチューだった。ごろりとした野菜がたっぷりと入ったそれだ。
「これは……」
エイスネが思わず声を上げる。こんなシチューは久しぶりだった。
「私達を支援してくれる人達が手配してるからね。ジャガイモはまあちょっと大変だけど、その分、用意できるものはたっぷりと入ってるから。食べ応えもあると思うよ」
「……」
しかしエイスネは戸惑ったように立ち尽くす。そんな彼女に、
「大丈夫。遠慮は要らない。むしろ遠慮しちゃダメ。これはあなたのために用意されたものなんだ。あなたが食べてくれないと無駄になる。しっかり食べて、生きなきゃ」
メイヴは諭すように口にした。そこまで言われてようやく、
「はい……」
おずおずと椅子に腰かけたエイスネが、匙で掬って口に持っていこうとしたところでまた、
「あの……メイヴ…さんは食べないんですか?」
尋ねてきた。それには、
「あはは♡ 私はもう食べたよ。これ以上食べたら太っちゃう」
笑顔で応える。それでようやくエイスネもシチューを口にすることができた。柔らかいのにしっかりした触感のある人参とシチューとしてとろけたカボチャの甘みが広がり、エイスネの表情がハッとなる。
それから続けてシチューを口に運んだ。こんな美味しいシチューを食べたのはいつ以来だろう。いや、そもそもシチューなんてものを食べたのはいつ以来だったか。今回の大飢饉が起こる以前から食べるものといえば、ジャガイモがほとんどだった。ジャガイモ以外のものを食べたこと自体、もうよく覚えていない。
当時のアイルランドを支配・統治していた貴族達の失策続きで、下層の農民達はジャガイモ以外、なかなか口にできなかったからだった。それでも、ちゃんとジャガイモの収穫ができてさえいれば十分ではなくてもまだ飢えることまではなかった。なのにそのジャガイモをダメにする疫病が蔓延したことで、ジャガイモすら満足に食べられなくなったのだ。
エイスネにはそういう<大人の事情>まではよく分からなかったものの、両親が悔しそうに何か話していたのは覚えている。思えばそれは、愚かしい政策ばかりをとる貴族達への不満だったのだろう。けれど彼女は、なにか自分が聞いてはいけないことのような気がして、耳を塞いでいたりしたのだった。
「ありがとう」
メイヴはその皿を受け取りつつ労いの言葉を掛け、女性が会釈したのを見届けてドアを閉めた。それから振り返り、皿をテーブルの上に置く。
色からするとカボチャのそれと思しきシチューだった。ごろりとした野菜がたっぷりと入ったそれだ。
「これは……」
エイスネが思わず声を上げる。こんなシチューは久しぶりだった。
「私達を支援してくれる人達が手配してるからね。ジャガイモはまあちょっと大変だけど、その分、用意できるものはたっぷりと入ってるから。食べ応えもあると思うよ」
「……」
しかしエイスネは戸惑ったように立ち尽くす。そんな彼女に、
「大丈夫。遠慮は要らない。むしろ遠慮しちゃダメ。これはあなたのために用意されたものなんだ。あなたが食べてくれないと無駄になる。しっかり食べて、生きなきゃ」
メイヴは諭すように口にした。そこまで言われてようやく、
「はい……」
おずおずと椅子に腰かけたエイスネが、匙で掬って口に持っていこうとしたところでまた、
「あの……メイヴ…さんは食べないんですか?」
尋ねてきた。それには、
「あはは♡ 私はもう食べたよ。これ以上食べたら太っちゃう」
笑顔で応える。それでようやくエイスネもシチューを口にすることができた。柔らかいのにしっかりした触感のある人参とシチューとしてとろけたカボチャの甘みが広がり、エイスネの表情がハッとなる。
それから続けてシチューを口に運んだ。こんな美味しいシチューを食べたのはいつ以来だろう。いや、そもそもシチューなんてものを食べたのはいつ以来だったか。今回の大飢饉が起こる以前から食べるものといえば、ジャガイモがほとんどだった。ジャガイモ以外のものを食べたこと自体、もうよく覚えていない。
当時のアイルランドを支配・統治していた貴族達の失策続きで、下層の農民達はジャガイモ以外、なかなか口にできなかったからだった。それでも、ちゃんとジャガイモの収穫ができてさえいれば十分ではなくてもまだ飢えることまではなかった。なのにそのジャガイモをダメにする疫病が蔓延したことで、ジャガイモすら満足に食べられなくなったのだ。
エイスネにはそういう<大人の事情>まではよく分からなかったものの、両親が悔しそうに何か話していたのは覚えている。思えばそれは、愚かしい政策ばかりをとる貴族達への不満だったのだろう。けれど彼女は、なにか自分が聞いてはいけないことのような気がして、耳を塞いでいたりしたのだった。
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