606 / 697
第六幕
確かめようもない話
しおりを挟む
<たった一杯のスープ>
それが得られなくて、エイスネが住んでいた村は壊滅した。
「これをあの子達に飲ませてあげられてたら……」
部屋にいた中年男性にも同じスープが出され、匙で掬いながらそう呟くように口にする。
まさにそういうことだった。同じく部屋にいた若い女性も、
「……」
スープが入った皿を抱え込むようにしながら項垂れる。男性と同じことを考えているようだ。そしてエイスネも、
「う……」
また涙をこぼしながら自分自身を抱き締めるようにして椅子に座ったまま蹲ってしまった。彼女も同じだったのだろう。
『パパとママにも飲ませてあげられてたら』
と思ってしまったのかもしれない。
そういう想いがのしかかり、体を支えていられなくなってしまったのか。
そこに、
「皆さんは、大変に苦しい思いをして過酷な状況を経てここに今こうしています。私達はそういう皆さんを支えるために集った同志です。皆さんを救うなどと傲慢なことは申し上げられませんが、少なくとも力にはなれるという自負があります」
ドロレスが告げた。さらに、一番幼いエイスネのところに来て、彼女の脇に膝を着き、
「これからは私達があなたの傍にいます。安心してほしい」
と声を掛けた。
「……」
エイスネはこれにも応えられずにただ涙を流すだけだったが、そんな彼女をドロレスはそっと抱きしめてくれた。母親のように。
「ううう~……」
また嗚咽を上げるエイスネの体をドロレスが柔らかく撫でる。
そこに今度はエルビスが、
「彼女を任せていいかな?」
問い掛けると、
「任せて」
ドロレスは毅然とした様子で返した。彼はまた、同じように近郊の村を回って被害状況の確認と生存者の保護を行わなければならなかったのだ。それが彼の役目だった。
十分に休む暇もないが、必要なことだった。エイスネはそれこそ後数分、発見が遅れていたら、助からなかったかもしれない。この状況で命が助かるのが本当に幸せなことなのかどうかという議論もあるとしても、そんなことはまったく無関係な人間が安全なところから無責任に行うことでしかないので、今は構ってなどいられない。生き延びた者が幸せかどうかは、所詮は当人にしか分からないのだから。
加えて、生きていれば掴める幸せもあるが、死ねば後は生きている人間があれこれ空想するしかない、<人間が認知可能な世界の外での話>になってしまう。そんなものを実際に確認してきた者がいない以上は、確かめようもない話でしかないのだから。
それが得られなくて、エイスネが住んでいた村は壊滅した。
「これをあの子達に飲ませてあげられてたら……」
部屋にいた中年男性にも同じスープが出され、匙で掬いながらそう呟くように口にする。
まさにそういうことだった。同じく部屋にいた若い女性も、
「……」
スープが入った皿を抱え込むようにしながら項垂れる。男性と同じことを考えているようだ。そしてエイスネも、
「う……」
また涙をこぼしながら自分自身を抱き締めるようにして椅子に座ったまま蹲ってしまった。彼女も同じだったのだろう。
『パパとママにも飲ませてあげられてたら』
と思ってしまったのかもしれない。
そういう想いがのしかかり、体を支えていられなくなってしまったのか。
そこに、
「皆さんは、大変に苦しい思いをして過酷な状況を経てここに今こうしています。私達はそういう皆さんを支えるために集った同志です。皆さんを救うなどと傲慢なことは申し上げられませんが、少なくとも力にはなれるという自負があります」
ドロレスが告げた。さらに、一番幼いエイスネのところに来て、彼女の脇に膝を着き、
「これからは私達があなたの傍にいます。安心してほしい」
と声を掛けた。
「……」
エイスネはこれにも応えられずにただ涙を流すだけだったが、そんな彼女をドロレスはそっと抱きしめてくれた。母親のように。
「ううう~……」
また嗚咽を上げるエイスネの体をドロレスが柔らかく撫でる。
そこに今度はエルビスが、
「彼女を任せていいかな?」
問い掛けると、
「任せて」
ドロレスは毅然とした様子で返した。彼はまた、同じように近郊の村を回って被害状況の確認と生存者の保護を行わなければならなかったのだ。それが彼の役目だった。
十分に休む暇もないが、必要なことだった。エイスネはそれこそ後数分、発見が遅れていたら、助からなかったかもしれない。この状況で命が助かるのが本当に幸せなことなのかどうかという議論もあるとしても、そんなことはまったく無関係な人間が安全なところから無責任に行うことでしかないので、今は構ってなどいられない。生き延びた者が幸せかどうかは、所詮は当人にしか分からないのだから。
加えて、生きていれば掴める幸せもあるが、死ねば後は生きている人間があれこれ空想するしかない、<人間が認知可能な世界の外での話>になってしまう。そんなものを実際に確認してきた者がいない以上は、確かめようもない話でしかないのだから。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。



双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる