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第六幕
惨状を前にしても
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そのようにして死んだ人間の肉を食ってまでもなんとか生き延びようとしたにも拘わらず、調理した肉自体がすでに腐敗していたことで食中毒を起こし、飢餓により弱っていた肉体は回復できずにそのまま死んでしまったのだろう。
家の中には、吐瀉物や下痢便を撒き散らした状態で事切れたと思しき遺体もあったのだ。
あまりにもあまりな惨状を前にしても、エルビスは沈痛な表情はするものの取り乱したりはしなかった。医師としてヨーロッパ中を回って様々な過酷な現場を見てきたことで慣れてしまっていたというのもあるのかもしれない。
そのようにして、生存者がいないかどうかを確認するために家々を巡っていたエルビスは、何軒目かの家の前に立った時に、
「……呼吸音……!?」
極めて小さく弱く、今にも止まってしまいそうなそれであったものの確かに人間の呼吸音を聞き取り、彼は、壊れてまともに動かなかった扉を、まるでポスターでもはがすように取り除いて室内に踏み込んだ。そこにもやはり、家族と思しき数人が倒れていた。もっとも、一見してもうすでに死んでから相当な時間が経っているというのが分かってしまうものばかりだったが。
なのに、確かに呼吸音がする。生きている者がどこかにいるのだ。
すると彼は、床に蹲るようにして倒れていた女性の体に触れた。その女性は間違いなく死体でしかなかったが、わずかに動かすと、もう一人、いた。もはや死体と変わらないほどに土気色になって乾燥しきった肌をしていたものの、
「生きてる……!」
エルビスが声を上げる。
それは、十歳くらいにも見える子供だった。文字通り骨と皮で目も落ちくぼみ、見えているかどうかさえ分からないそれを、確かに彼の方に視線を向けた。
だが、そうして目を動かすだけで最後の力を使い切ってしまったのかもしれない。ふっと、呼吸が止まったのだ。
「!」
瞬間、エルビスはその少女に覆いかぶさった。そして―――――
「ふ……ひゅう……」
少女の呼吸が戻る。それどころか、いかなる<奇跡>によるものであろうか、もはや死体と変わらなかった少女の体が、いわゆる<モーフィング>と呼ばれる映像処理でも見るかのようにみるみる本来の姿へと戻っていったのだ。さすがに『健康的な』とまではいかなかったものの、少なくとも命の危険があるような印象を受けるそれではない姿へ。
極度の栄養失調によるものか大半が抜け落ちていた髪さえも、恐ろしいまでの勢いで生えて戻っていく。栗色の艶やかな柔らかい髪だった。
家の中には、吐瀉物や下痢便を撒き散らした状態で事切れたと思しき遺体もあったのだ。
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そのようにして、生存者がいないかどうかを確認するために家々を巡っていたエルビスは、何軒目かの家の前に立った時に、
「……呼吸音……!?」
極めて小さく弱く、今にも止まってしまいそうなそれであったものの確かに人間の呼吸音を聞き取り、彼は、壊れてまともに動かなかった扉を、まるでポスターでもはがすように取り除いて室内に踏み込んだ。そこにもやはり、家族と思しき数人が倒れていた。もっとも、一見してもうすでに死んでから相当な時間が経っているというのが分かってしまうものばかりだったが。
なのに、確かに呼吸音がする。生きている者がどこかにいるのだ。
すると彼は、床に蹲るようにして倒れていた女性の体に触れた。その女性は間違いなく死体でしかなかったが、わずかに動かすと、もう一人、いた。もはや死体と変わらないほどに土気色になって乾燥しきった肌をしていたものの、
「生きてる……!」
エルビスが声を上げる。
それは、十歳くらいにも見える子供だった。文字通り骨と皮で目も落ちくぼみ、見えているかどうかさえ分からないそれを、確かに彼の方に視線を向けた。
だが、そうして目を動かすだけで最後の力を使い切ってしまったのかもしれない。ふっと、呼吸が止まったのだ。
「!」
瞬間、エルビスはその少女に覆いかぶさった。そして―――――
「ふ……ひゅう……」
少女の呼吸が戻る。それどころか、いかなる<奇跡>によるものであろうか、もはや死体と変わらなかった少女の体が、いわゆる<モーフィング>と呼ばれる映像処理でも見るかのようにみるみる本来の姿へと戻っていったのだ。さすがに『健康的な』とまではいかなかったものの、少なくとも命の危険があるような印象を受けるそれではない姿へ。
極度の栄養失調によるものか大半が抜け落ちていた髪さえも、恐ろしいまでの勢いで生えて戻っていく。栗色の艶やかな柔らかい髪だった。
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