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第六幕
ジャガイモ飢饉
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セルゲイはさらに語る。
「せっかくだから、<ジャガイモ飢饉>のことについても詳しく話しておこうか」
言いつつ姿勢を正した彼に、イゴールもつられて姿勢を正す。
「あれは、十九世紀の半ばだった。ジャガイモをダメにする疫病菌が全世界的に蔓延し、たびたび大規模な不作に見舞われた。私は当時、アメリカで発生したそれについて調べようと考えて、それをきっかけにヨーロッパにも広がっていることを知り、ヨーロッパに肥料を送るための貨物船に便乗して渡欧したんだ。この頃、看護師の真似事もしてたのもあって医学を学んで、医師の資格を取った。もっとも当時は、まだまだ制度として固まっていなくて、<自称医師>も多かったけどね。
それでも、私は医師としてもヨーロッパ中を転々として、一八四七年にアイルランドに渡ったんだけど、本当に酷い状況だった。実はそれ以前から、アイルランドを支配していたイギリスの政策は失敗続きで、農民の多くはジャガイモしか食べるものがない状態が続いてたんだ。そこに来てジャガイモの疫病が広まり大変な不作になった。なのに、アイルランドを管理していた貴族達は食料の輸出を停止しなくて、農民達が生きていくのに最低限必要な食糧さえ輸出に回した。
結果、百万人の餓死者・病死者を出し、アイルランドの人々は、一か八かに賭けて移住という形で脱出を図ったんだ。これにより、<人口爆発>ならぬ<人口爆縮>とでも言うべきレベルで人口が急激に減り、八百万人以上だったものが五百万人以下にまでなった」
「おいおい、とんでもないじゃないか」
「そうだね。本当にとんでもないことだと思う。私も実際にこの目で村が壊滅していた光景を何度も見たよ。この時、私は十人以上の眷属を作った。壊滅した村でかろうじて生き延びた人間を眷属にして何があったのかを聞きだしたりっていう形でね。
そこでは、死んだ子供の肉を親が食べたり、死んだ親の肉を子供が食べたりということさえあったそうだ。私が眷属にした人間も、そうやって命を繋いだ。けれどその眷属のうちの数人は、自責の念に耐え切れずに生きることを拒んで、でも死ねなくて、今はアイルランドの森林の中で土に埋もれた状態で過ごしてる」
「聞いた。そうやって人間と関わらないようにしてる吸血鬼もいるんだってな」
「うん。彼らの場合は、どちらかと言えば自分の家族を食べたことを後悔するあまり、普通に生きることを拒絶した形だけどね。皆、死ねないことそのものを自分に課せられた罰だと捉えてる」
「分かるよ。その気持ち。俺も眷属になったのが罰だと思ってる」
「せっかくだから、<ジャガイモ飢饉>のことについても詳しく話しておこうか」
言いつつ姿勢を正した彼に、イゴールもつられて姿勢を正す。
「あれは、十九世紀の半ばだった。ジャガイモをダメにする疫病菌が全世界的に蔓延し、たびたび大規模な不作に見舞われた。私は当時、アメリカで発生したそれについて調べようと考えて、それをきっかけにヨーロッパにも広がっていることを知り、ヨーロッパに肥料を送るための貨物船に便乗して渡欧したんだ。この頃、看護師の真似事もしてたのもあって医学を学んで、医師の資格を取った。もっとも当時は、まだまだ制度として固まっていなくて、<自称医師>も多かったけどね。
それでも、私は医師としてもヨーロッパ中を転々として、一八四七年にアイルランドに渡ったんだけど、本当に酷い状況だった。実はそれ以前から、アイルランドを支配していたイギリスの政策は失敗続きで、農民の多くはジャガイモしか食べるものがない状態が続いてたんだ。そこに来てジャガイモの疫病が広まり大変な不作になった。なのに、アイルランドを管理していた貴族達は食料の輸出を停止しなくて、農民達が生きていくのに最低限必要な食糧さえ輸出に回した。
結果、百万人の餓死者・病死者を出し、アイルランドの人々は、一か八かに賭けて移住という形で脱出を図ったんだ。これにより、<人口爆発>ならぬ<人口爆縮>とでも言うべきレベルで人口が急激に減り、八百万人以上だったものが五百万人以下にまでなった」
「おいおい、とんでもないじゃないか」
「そうだね。本当にとんでもないことだと思う。私も実際にこの目で村が壊滅していた光景を何度も見たよ。この時、私は十人以上の眷属を作った。壊滅した村でかろうじて生き延びた人間を眷属にして何があったのかを聞きだしたりっていう形でね。
そこでは、死んだ子供の肉を親が食べたり、死んだ親の肉を子供が食べたりということさえあったそうだ。私が眷属にした人間も、そうやって命を繋いだ。けれどその眷属のうちの数人は、自責の念に耐え切れずに生きることを拒んで、でも死ねなくて、今はアイルランドの森林の中で土に埋もれた状態で過ごしてる」
「聞いた。そうやって人間と関わらないようにしてる吸血鬼もいるんだってな」
「うん。彼らの場合は、どちらかと言えば自分の家族を食べたことを後悔するあまり、普通に生きることを拒絶した形だけどね。皆、死ねないことそのものを自分に課せられた罰だと捉えてる」
「分かるよ。その気持ち。俺も眷属になったのが罰だと思ってる」
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