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第五幕

自身の境遇を

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そして食事を終えた僕達は公園にいた。 イゴールから話を聞くために。

軽くとはいえ僕の魅了チャームがかかった彼は、すんなりと自身の境遇を語ってくれた。

「俺の祖父じいさんは、この国が併合される時に反対して殺されたんだ。しかも、奴らに尻尾を振った連中は、併合に反対した祖父さんの家族を『裏切者』って言って住んでた家に火を点けたりしたんだよ。それからも、祖父さんの息子だった俺の親父はどこ行っても裏切者扱いされてまともな仕事にも就けなかった。

それでもお袋と出会って俺と妹が生まれて、仲間とも合流出来てしばらくは普通に暮らしてたんだ。

でも奴らは親父達をテロリストってことにして次々と捕まえて刑務所にぶち込んでった。お袋は俺と妹を食わせていくためにパイプラインの管理会社で掃除婦として働いてよ、でも、軍のトラックに撥ねられて死んだ。しかも、お袋が信号無視して飛び出してってことにして、金も払わなかったんだ……

それから親父も、刑務所の中で病気で死んだって言われた。でも仲間が言ってたんだ。『刑務所での病死は、拷問されて死んだって意味だ。全部病死ってことにされるんだ』ってよ。

俺と妹は仲間に助けられてなんとか生きてこれたけどよ、俺には奴らに復讐する権利があるんだ……!」

大声じゃなかったけど、イゴールは拳を握り締めて体を震わせて、自分の中にある強い感情を持て余してる様子だった。

確かに彼の境遇には同情されるだけのものがあると思う。

『仲間に助けられて生きてこれた』

というのも、まず間違いなく彼をテロリストとして育てるために手元に置いていただけだろうな。そんな中で育った彼に物事を客観的に見る能力が備わっていなくても当然だと思う。それができる考え方を周囲の大人達が教えてこなかったんだからね。

だけど、僕がここで彼の考えを否定していっても、彼がそれを受け入れることはないだろう。彼にとっては<仲間>が言っていたことが<世界の真実>なんだろうから。

テロリストというのは基本的にそういうものだから。

ただ、彼自身はまだ、誰かの命を奪っていないのか。しかも彼から明確な殺意の臭いがしなかったのは、たぶん、彼がテロを行おうとした空港に、分かりやすい<仇>がいなかったからだろうな。本当にただの行きずりの人間達だったわけで。

しかも、<自爆テロ要員>として育てられてきた彼の場合は、誰かの命を奪うのは同時に自分自身の命を喪うということでもある。

そこで自らの命も終わるというのは、その先の苦しみがないという意味では<救い>と言えるだろうね。けれどそれは、人間という生き物にとっては自らを否定する行いでもある。

他者と力を合わせていかなければ生きられない人間という生き物をね。

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