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第五幕

俺を売り飛ばすつもりだろ……!

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それでも、以前にもストリートチルドレンを人間が運営する組織に保護してもらったことがあるように、<出会い>がその人間の在り方を変えることは実際にある。マデュー達の場合は、

<悪辣な兵士に出会ってしまったことで最悪の結末を迎えた事例>

と言えるだろうな。だけど、すべての事例がマデュー達のそれのような悲しい結末に終わるとは限らない。事実、以前に保護されたストリートチルドレンはその後に学校に通い今はエンジニアを目指して勉強しているそうだ。それまでは、ただ犯罪者として生きていくしか道を選びようがなかったのに。

だから、

「君は私達とこうして出会ったことで、新しい可能性が示された。一つはこのまま罪を重ねて生きる道。もう一つは様々なことを学んで自ら生き方を探す道。どちらを選ぶかは君次第だ」

セルゲイはスマホを取り出して電話をかけ始めた。相手は、ムジカのような子供を保護し、新たな生き方の可能性を自ら作り出すチャンスをもたらしてくれる民間組織だ。この国にもそういう組織は存在する。

けれど、ムジカは、

「そんなこと言って、俺を売り飛ばすつもりだろ……!」

青い顔をしたまま、震えた声でそう言った。精一杯の虚勢だったんだろうな。それに、確かに子供を攫って<商品>に換えてしまう組織もまた、この国にも存在する。

ムジカの懸念も当然だ。

そして彼はセルゲイの手を振りほどいて、逃げ去ってしまった。

これに対して安和アンナは、

「あんな奴、助けてやる必要ないでしょ」

と、忌々し気に口にした。だけど安和は自分のそれがいかに矛盾しているかに気付いていない。前の国で人身売買組織に憤っていたにも拘わらず今回は人身売買組織に攫われてしまうような立場の子供に対してそう吐き捨てるのは、

『自分が気に入らない対象をただ嫌悪し、そんな自分の感情を一方的にぶつけていい』

と考えているだけだということをね。

だけどそれ自体、まだまだ経験が浅く物事を客観的に見ることができてないがゆえの浅慮でしかないから、かつての僕と同じ道を安和も歩いているだけに過ぎないけどね。

なにより、

「姫、あなたがそのようにお考えなのを、私は悲しく思います」

セルゲイが言うと、

「違っ…! 私は……!」

安和は慌てて取り繕おうとした。相変わらずセルゲイに対しては弱いよね。けれど上手い言い訳を思いつかなかったのか、

「……」

悲し気に俯いてしまった。そんな彼女をセルゲイは、

「姫、幼いあなたが自身の感情と上手く付き合えないのは当然です。そうやって経験を重ねていくことが大事なのです」

穏やかに諭してくれる。

「……うん……」

それに対して安和も、気まずそうにはしながらも頷いてくれたのだった。

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