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第五幕

所詮は人間の一人

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僕の考え方について、安和アンナは、

『分からない』

と答えた。

それでいい。だって、マデュー達のことがあった直後の僕にも、母が僕を止めた理由が理解できなかったから。たとえ仲間の理不尽な振る舞いに憤る人間もそこにいたんだとしても、その時の僕には、そういう人間も、

『所詮は人間の一人』

としか思えていなかったからね。

だけど、今の僕なら分かるんだ。その時の僕の矛盾が。

だってそうだよね? 僕は『人間である』マデュー達に同情していたんだ。それなのに『所詮は人間の一人』として、<仲間の理不尽な振る舞いに憤る人間>のことも殺していたかもしれないんだよ?

マデュー達も兵士達も、どちらも<人間>なのにさ。

僕が感情移入した人間だけを助けようとしつつ、それ以外の人間は『殺しても構わない』と考える。それを矛盾と言わずしてなんと言えばいいの?

そんなの、

『生き物を殺すのはよくない』

と言いつつ、毒餌を仕掛けて害虫を駆除している行いと同じだよね。

だけど、言い訳を並べてその矛盾を認めようとしないことについても、僕は別に責めるつもりはないんだよ。僕にその資格はないしさ。

そして、安和が僕の考えを理解できないのも、責めるべきことじゃない。彼女は僕じゃないから。

彼女が納得できる説明を提示できないのはあくまで僕の未熟さだ。彼女が悪いわけじゃないんだよ。

ただ、彼女が自身の感情だけを優先して力を振るうことで後悔してほしいとも思っていない。親心として。

だから、安和があの時の僕と同じように強い後悔に苛まれることがあれば、僕を抱きしめてくれた母のように僕も彼女を抱きしめるだけだ。

回避できる失敗は回避する努力をするし、しなくていい後悔はしないように努力もする。それでも、何一つ失敗しない後悔しない者は、人間の中にはもちろん、吸血鬼の中にもまずいない。それを理解し、覚悟を持つことが大事だと、悠里や安和にもいつかは分かってほしい。

何十年かかってもいい。僕だってマデュー達のことを受け止められるようになるまで何年もかかった。自分がそうなのに、悠里や安和に今すぐ分かれというのはおかしいよね。

この夜、安和は、僕に対する反抗心を見せながらも、同時にいつも以上に甘えた様子で抱きついたまま眠った。

自分の中で渦巻く感情を上手く処理できなくて、安和自身もどうすればいいのか分からなかったんだろうな。

でも、それでいいよ。それでいいんだ。そうやって自分の感情と向き合っていくことで学んでいくんだから。

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