509 / 697
第五幕
欺瞞に満ちたもの
しおりを挟む
僕は、倒れた老人と老婆を無視して、
「こっち……!」
マデューの手を取って走り出した。
「え…?」
当然、僕のことを認識できていなかった彼女は、突然自分の手が引っ張られたのと<子供の声>が聞こえたことに混乱し、意味も分からず走り出す。
「指輪……!」
未練を口にして振り返るけれど、僕はそれには構わず彼女を引っ張った。視線を向けなくても、僕の吸血鬼としての超感覚には、指輪を老人達が奪い合い、倒れた老婆を何度も足蹴にしている様子が、目で見ているように察せられる。
そう。僕は、マデューを助けつつ老婆のことは見捨てたんだ。僕達には何の関係もなかった人間同士の諍いに干渉して、若いマデューは助け、老婆は見捨てた。
これだけでももう、この時の僕の行為がただ欺瞞に満ちたものでしかないのが分かると思う。
母も、敢えて何も言わなかったけど、とても苦いものを口に含んだような表情をしていたのを覚えてる。母はもうその時点で僕の行為がどういう結果に終わるのかを察していたんだろうな。
そして敢えて、それを僕に体験させようとしたんじゃないかな。
しばらく走ったところでマデューの足がもつれそうになってきてるのが分かって、僕は立ち止った。その頃にはもう気配を消しててもマデューには僕の姿が見えていた。
「な……なんなの、あんた……どこの子……?」
強い非難が込められた、でも息も絶え絶えの弱弱しい声だった。たぶん五歳くらいの見知らぬ子供が、自分の手を引いてたら何事かと思うよね。
「僕は……ミグ」
その時使っていた偽名で応えた僕に、マデューは、
「名前なんか訊いてない……! 何のつもりかってこと……!」
非難だけでなくあからさまな嫌悪も込めつつ僕の手を振りほどいて改めてそんなことを口にする。その彼女の剣幕に、
「僕は……ただ……」
言いかけてそれ以上は言葉にならなかった。母は、何も言わずに気配を消したまま少し離れたところから僕達を見ている。助けを求めるように視線を送るけど、真っ直ぐ僕を見つめるだけだ。
するとマデューは、
「せっかく金になりそうなのを見付けられたのに……! あんたの所為で台無しじゃない……!」
苛立った様子で吐き捨てて、歩き出した。だけど、さっきの場所に戻るわけじゃないみたいだ。服のポケットをまさぐって中のものを取り出し、
「これだけか……」
苦々しく呟いた。その彼女の手には、階級章のバッジと小さな折り畳みナイフと拳銃の弾丸数発。そういうのを買い取ってくれる<業者>がいて、それで彼女は生活していたのだった。
「こっち……!」
マデューの手を取って走り出した。
「え…?」
当然、僕のことを認識できていなかった彼女は、突然自分の手が引っ張られたのと<子供の声>が聞こえたことに混乱し、意味も分からず走り出す。
「指輪……!」
未練を口にして振り返るけれど、僕はそれには構わず彼女を引っ張った。視線を向けなくても、僕の吸血鬼としての超感覚には、指輪を老人達が奪い合い、倒れた老婆を何度も足蹴にしている様子が、目で見ているように察せられる。
そう。僕は、マデューを助けつつ老婆のことは見捨てたんだ。僕達には何の関係もなかった人間同士の諍いに干渉して、若いマデューは助け、老婆は見捨てた。
これだけでももう、この時の僕の行為がただ欺瞞に満ちたものでしかないのが分かると思う。
母も、敢えて何も言わなかったけど、とても苦いものを口に含んだような表情をしていたのを覚えてる。母はもうその時点で僕の行為がどういう結果に終わるのかを察していたんだろうな。
そして敢えて、それを僕に体験させようとしたんじゃないかな。
しばらく走ったところでマデューの足がもつれそうになってきてるのが分かって、僕は立ち止った。その頃にはもう気配を消しててもマデューには僕の姿が見えていた。
「な……なんなの、あんた……どこの子……?」
強い非難が込められた、でも息も絶え絶えの弱弱しい声だった。たぶん五歳くらいの見知らぬ子供が、自分の手を引いてたら何事かと思うよね。
「僕は……ミグ」
その時使っていた偽名で応えた僕に、マデューは、
「名前なんか訊いてない……! 何のつもりかってこと……!」
非難だけでなくあからさまな嫌悪も込めつつ僕の手を振りほどいて改めてそんなことを口にする。その彼女の剣幕に、
「僕は……ただ……」
言いかけてそれ以上は言葉にならなかった。母は、何も言わずに気配を消したまま少し離れたところから僕達を見ている。助けを求めるように視線を送るけど、真っ直ぐ僕を見つめるだけだ。
するとマデューは、
「せっかく金になりそうなのを見付けられたのに……! あんたの所為で台無しじゃない……!」
苛立った様子で吐き捨てて、歩き出した。だけど、さっきの場所に戻るわけじゃないみたいだ。服のポケットをまさぐって中のものを取り出し、
「これだけか……」
苦々しく呟いた。その彼女の手には、階級章のバッジと小さな折り畳みナイフと拳銃の弾丸数発。そういうのを買い取ってくれる<業者>がいて、それで彼女は生活していたのだった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
男女比崩壊世界で逆ハーレムを
クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。
国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。
女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。
地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。
線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。
しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・
更新再開。頑張って更新します。
Sonora 【ソノラ】
隼
キャラ文芸
フランスのパリ8区。
凱旋門やシャンゼリゼ通りなどを有する大都市に、姉弟で経営をする花屋がある。
ベアトリス・ブーケとシャルル・ブーケのふたりが経営する店の名は<ソノラ>、悩みを抱えた人々を花で癒す、小さな花屋。
そこへピアニストを諦めた少女ベルが来店する。
心を癒す、胎動の始まり。
ホームレスの俺が神の主になりました。
もじねこ。
キャラ文芸
スポーツ推薦で強豪校に入学した一人の青年。
野球に明け暮れ甲子園を目指して青春の日々を過ごしていたはずが、煙草に、酒に、更には猥褻行為で高校中退!?
その後は、友を失い、家族を失い、全てをなくして、あれよあれよと言う間にホームレス歴13年。
転落し続け、夢も希望もない一人のおっさんが、夢と希望に溢れ過ぎる神様と、手違いでご契約!?
最悪の印象から始まる二人の物語。
無愛想でコミュニケーション能力を微塵も感じないおっさんと、何事も体当たりで真っ直ぐな神様の生活が始まる。
「幸せ……? 幸せを願うなら死なせてくれよ。それが今の俺の一番の幸せだ」
「いやもうなんで、このおっさんこんな究極に病んでんの。出会って数分でこれは受け止めきれねぇよ」
人間を幸せにするために、人間界へ訪れた神様は、おっさんを幸せに出来るのか。
そんな正反対の二人のドタバタハートフルコメディ。
バンド若草物語の軌跡
みらいつりびと
キャラ文芸
親から勉強を強いられていた高瀬みらいは、進学校桜園学院高等学校に入学した。そこで出会ったクラスメイトとバンド若草物語を組むことになる。
作詞の奇才と作曲の天才と編曲の才媛のバンドの軌跡を描いた物語。イエロー・マジック・オーケストラに憧れた高校生たちはメジャーデビューできるのか?
夢を見つけ、夢に挑み、夢を叶える。それが理想だけれど、多くの人の夢は破れる……。
この小説はスマホもパソコンもない1980年頃の日本をイメージして書いています。
なお、本作はフィクションであり、実在の人物、音楽グループ、学校等とは関係はありません。似ている人がいたとしても、ちがうんですう!
天界アイドル~ギリシャ神話の美少年達が天界でアイドルになったら~
B-pro@神話創作してます
キャラ文芸
全話挿絵付き!ギリシャ神話モチーフのSFファンタジー・青春ブロマンス(BL要素あり)小説です。
現代から約1万3千年前、古代アトランティス大陸は水没した。
古代アトランティス時代に人類を助けていた宇宙の地球外生命体「神」であるヒュアキントスとアドニスは、1万3千年の時を経て宇宙(天界)の惑星シリウスで目を覚ますが、彼らは神格を失っていた。
そんな彼らが神格を取り戻す条件とは、他の美少年達ガニュメデスとナルキッソスとの4人グループで、天界に地球由来のアイドル文化を誕生させることだったーー⁉
美少年同士の絆や友情、ブロマンス、また男神との同性愛など交えながら、少年達が神として成長してく姿を描いてます。
陽香は三人の兄と幸せに暮らしています
志月さら
キャラ文芸
血の繋がらない兄妹×おもらし×ちょっとご飯ものなホームドラマ
藤本陽香(ふじもと はるか)は高校生になったばかりの女の子。
三人の兄と一緒に暮らしている。
一番上の兄、泉(いずみ)は温厚な性格で料理上手。いつも優しい。
二番目の兄、昴(すばる)は寡黙で生真面目だけど実は一番妹に甘い。
三番目の兄、明(あきら)とは同い年で一番の仲良し。
三人兄弟と、とあるコンプレックスを抱えた妹の、少しだけ歪だけれど心温まる家族のお話。
※この作品はカクヨムにも掲載しています。
裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を
水ノ灯(ともしび)
キャラ文芸
とある街にある裏社会の何でも屋『友幸商事』
暗殺から組織の壊滅まで、あなたのご依頼叶えます。
リーダーというよりオカン気質の“幸介”
まったり口調で落ち着いた“友弥”
やかましさNO.1でも仕事は確実な“ヨウ”
マイペースな遊び人の問題児“涼”
笑いあり、熱い絆あり、時に喧嘩ありの賑やか四人組。
さらに癖のある街の住人達も続々登場!
個性的な仲間と織り成す裏社会アクションエンターテイメント!
毎週 水 日の17:00更新
illustration:匡(たすく)さん
Twitter:@sakuxptx0116
超絶! 悶絶! 料理バトル!
相田 彩太
キャラ文芸
これは廃部を賭けて大会に挑む高校生たちの物語。
挑むは★超絶! 悶絶! 料理バトル!★
そのルールは単純にて深淵。
対戦者は互いに「料理」「食材」「テーマ」の3つからひとつずつ選び、お題を決める。
そして、その2つのお題を満たす料理を作って勝負するのだ!
例えば「料理:パスタ」と「食材:トマト」。
まともな勝負だ。
例えば「料理:Tボーンステーキ」と「食材:イカ」。
骨をどうすればいいんだ……
例えば「料理:満漢全席」と「テーマ:おふくろの味」
どんな特級厨師だよ母。
知力と体力と料理力を駆使して競う、エンターテイメント料理ショー!
特売大好き貧乏学生と食品大会社令嬢、小料理屋の看板娘が今、ここに挑む!
敵はひとクセもふたクセもある奇怪な料理人(キャラクター)たち。
この対戦相手を前に彼らは勝ち抜ける事が出来るのか!?
料理バトルものです。
現代風に言えば『食〇のソーマ』のような作品です。
実態は古い『一本包丁満〇郎』かもしれません。
まだまだレベル的には足りませんが……
エロ系ではないですが、それを連想させる表現があるのでR15です。
パロディ成分多めです。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる