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第三幕

入国手続き

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深夜十一時を過ぎた頃、ジョージア側の国境付近で一時停車。車掌がパスポートを集めに来た。それを渡すと、出国スタンプを押してから返却される。乗客はただそれを待つだけだ。陸路で国境を超えることになる国ならではかな。

僕もセルゲイも何度も経験してることだから、本でも読みつつ落ち着いて待つ。悠里ユーリ安和アンナはまだ眠ってた。眠れる時に寝るのは、長旅のコツだろう。

乗客の数もそれほど多くなかったこともあり、三十分と掛からずパスポートが返ってきて、発車。日付が変わって、アルメニアとの国境を越え、再び停車。ビザ申請が必要な乗客から手続きが始まる。ビザ申請は別途手続きが必要なので、列車を下ろされることになるけど、僕達はその必要がなかったことでやはり部屋で待っていた。

すると悠里が目を覚まして、

「着いたの?」

と尋ねてくる。

「いや、入国手続きのための停車だよ。もう少しかかるかな」

僕がそう言った時に、ドアがノックされた。車掌だった。女性だ。

やや鋭い目つきのその女性は、僕達のパスポートをチェック。今回のために新たに用意したものだったけど、ジョージアに入国する際にアゼルバイジャン側から入ったことで記録があり、おそらくそのページを見たんだろう。一瞬、さらに目つきが鋭くなった。

先にも言ったけど、アルメニアは現在進行形でアゼルバイジャンと紛争を抱えているからというのもあるんだろうね。

だけど、セルゲイの顔を見て、改めてパスポートを見て、

「あなた、もしかして、セルゲイ博士? 動物学者の」

と尋ねてきた。セルゲイも、別に隠すようなことでもなかったから、

「はい。研究旅行の途中に、子供達と一緒に祖父の墓に参るために来ました」

正直に答える。彼にとっては本当に研究旅行だったからね。すると、車掌の女性は、

「やっぱり! 息子があなたの大ファンなの! あなたが監修した絵本がお気に入りなのよ。サインをもらってもいいかしら!?」

それまでの鋭い目つきから一転、確かに<子煩悩な母親>という表情になって、ハンカチを出してきた。それにサインしてほしいということらしい。

「喜んで」

セルゲイも気前良く応じる。そしてこういう時のためにいつもポケットに忍ばせているサインペンを出し、慣れた手つきでハンカチにサインをし、彼女に渡した。

「ああ、これでミハイルも喜ぶわ♡ あなたと同じ名ね、ミハイル」

僕のパスポートを見ながら、彼女は笑顔でそう言った。確かに、僕の名前は、ロシアやその周辺の国では<ミハイル>と発音するのが普通だからね。

「そうですか。それはよかった」

僕も調子を合わせて応えると、

「アルメニアへようこそ♡」

満面の笑顔で歓迎してくれたのだった。

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