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第三幕
アルメニアに向かう予定
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こうして紫音は、自分の家庭でのストレスを椿に癒してもらうことで辛うじて精神のバランスを保つという方法を確立した。
それはとても危うくて頼りなくて、ちょっとしたことで破綻してしまう、<かりそめの安らぎ>でしかない。
なぜなら彼は、<本当の椿>を見ていないから。自分にとって都合のいい、
<紫音の望む椿>
を見ているだけだから。
もし、彼の思っているそれと違う振る舞いを椿が見せた時、彼はきっと、
『裏切られた!』
と思うだろうな。
もしそうなったとして、彼が椿を害そうとした時には、僕は躊躇うことなく椿を守る。
彼を見捨てることになったとしてもね。
それらのことを思い出しながら、僕は、椿と言葉を交わした。彼女の表情を見た。九戸辺紫音のことがあったから、今回の渡航は延期しようかとも思ったけど、紫音自身が精神的にかなり安定していたし、椿の方の負担もかなり下がっていたのが確認できたから、予定通り、こうして世界を巡ることにした。
でも、その上で、椿の様子もしっかりと確認して、必要とあれば日本に帰る覚悟もしている。
けれど、見る限りでは、言葉を交わしている限りでは、大丈夫そうだ。
それを確認して、僕もホッとする。
「ところで、今後の予定は?」
アオが問い掛けてきたから、
「取り敢えず明日までジョージアに滞在して、そこからはアルメニアに向かう予定かな」
と答えると、セルゲイが、
「僕の父方の祖父がかつてそこで暮らしてたんだ。十年ぶりに墓参りをしようと思ってね」
と付け足してくれる。
「おう、なるほど」
アオもそれで納得してくれた。
アルメニアは、主にアゼルバイジャンとの間で今も事実上の紛争状態にあって、散発的な衝突が起こってるそうだ。国自体も決して豊かとは言えず、はっきり言って『貧しい』と表現しても差し障りはないらしい。
それでも人間は暮らして、生きている。それに比べれば日本は今も豊かで恵まれているんだけど、日本に暮らしているとそういう実感は得にくいかもね。
悠里や安和には、そういう部分についても知ってほしいと思ってるんだ。ただでさえダンピールとして高い能力を持った二人は、たやすく慢心に陥ることが危惧される。だからこそ多くの真実に触れて、物事を客観的に見るための視点を得てほしいんだ。
加えて、力で他者を従えようとすることが何を引き起こすかを、知ってもらわなくちゃいけない。
僕は、親としてそれを悠里と安和に示す義務がある。
それがあってこそ、ダンピールとしての力に溺れずにいられるからね。
それはとても危うくて頼りなくて、ちょっとしたことで破綻してしまう、<かりそめの安らぎ>でしかない。
なぜなら彼は、<本当の椿>を見ていないから。自分にとって都合のいい、
<紫音の望む椿>
を見ているだけだから。
もし、彼の思っているそれと違う振る舞いを椿が見せた時、彼はきっと、
『裏切られた!』
と思うだろうな。
もしそうなったとして、彼が椿を害そうとした時には、僕は躊躇うことなく椿を守る。
彼を見捨てることになったとしてもね。
それらのことを思い出しながら、僕は、椿と言葉を交わした。彼女の表情を見た。九戸辺紫音のことがあったから、今回の渡航は延期しようかとも思ったけど、紫音自身が精神的にかなり安定していたし、椿の方の負担もかなり下がっていたのが確認できたから、予定通り、こうして世界を巡ることにした。
でも、その上で、椿の様子もしっかりと確認して、必要とあれば日本に帰る覚悟もしている。
けれど、見る限りでは、言葉を交わしている限りでは、大丈夫そうだ。
それを確認して、僕もホッとする。
「ところで、今後の予定は?」
アオが問い掛けてきたから、
「取り敢えず明日までジョージアに滞在して、そこからはアルメニアに向かう予定かな」
と答えると、セルゲイが、
「僕の父方の祖父がかつてそこで暮らしてたんだ。十年ぶりに墓参りをしようと思ってね」
と付け足してくれる。
「おう、なるほど」
アオもそれで納得してくれた。
アルメニアは、主にアゼルバイジャンとの間で今も事実上の紛争状態にあって、散発的な衝突が起こってるそうだ。国自体も決して豊かとは言えず、はっきり言って『貧しい』と表現しても差し障りはないらしい。
それでも人間は暮らして、生きている。それに比べれば日本は今も豊かで恵まれているんだけど、日本に暮らしているとそういう実感は得にくいかもね。
悠里や安和には、そういう部分についても知ってほしいと思ってるんだ。ただでさえダンピールとして高い能力を持った二人は、たやすく慢心に陥ることが危惧される。だからこそ多くの真実に触れて、物事を客観的に見るための視点を得てほしいんだ。
加えて、力で他者を従えようとすることが何を引き起こすかを、知ってもらわなくちゃいけない。
僕は、親としてそれを悠里と安和に示す義務がある。
それがあってこそ、ダンピールとしての力に溺れずにいられるからね。
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