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第三幕
椿と紫音 その6
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彼、<紫音>が、椿に懐いて毎日のように遊びに来るようになったことについては、僕はそれでも構わない。
そのために用意した<遊び部屋>でもあるからね。どんなに無茶をしても、失敗しても、いざとなれば部屋ごと丸洗いできるように、ガレージ内にユニットバス用のモジュールを流用して作った部屋だから、家そのものの躯体にはなんの影響もない。
そしてすぐ隣で僕が様子を窺っていられるように僕用の<書斎>も設けてある。
紫音は、よほど自宅の居心地が悪いんだろう。夕方になってもなかなか帰ろうとせず、いよいよ帰らないといけない時間を過ぎても腰を上げず、
「帰る時間じゃないの?」
椿がそう声を掛けると、
「う…えう…っ、うぅ……」
と嗚咽を漏らし始めたのが伝わってきた。帰りたくなくて泣いてるんだ。
「寂しいんだね。よしよし……」
椿が彼を抱き締めて頭をそっと撫でている気配が伝わってくる。
そうして十分ほどして、ようやく紫音は、
「帰る……」
と口にした。声の調子が落ち着いてるのが分かる。椿に抱き締められて、自分の感情を受け止めてもらえて、冷静になれたんだろうな。
帰り際になるとこういう感じのやり取りが一週間ほど続いて、ようやく、泣かずに帰れるようになった。
遊んでる時も、椿が用意したボードゲームやカードゲームを、ルールを教わりながら始めて、ようやく普通に遊べるようになってきたみたいだ。
TVゲームを用意してもよかったんだけど、椿自身が敢えてそれ以外の遊び方を教えたかったみたいだね。
しかも、以前からよく遊びに来てた椿の友達、<智香>と<来未>も、最初は、紫音がいることに戸惑って、
「なんであの子いつもいんの……?」
椿に耳打ちしたりもしてたのが、椿が間に入って取り持って、一緒にボードゲームなどをしている間に、自然と仲良くなっていけた。
でも、その代わり、間に入ってる椿の負担は大きくて、紫音達が帰ると、彼女は僕やアオにすごく甘えてくるようになった。だから僕とアオが、椿のストレスを受け止める。
それがあるから、椿は、紫音に対して鷹揚でいられるんだ。そうじゃなかったら、きっと、自分に一方的に甘えてくる彼に苛立ってしまっただろうな。
椿はすごくいい子だ。だけどそれは、<いい子でいられる環境>を確保できているからというのが大きい。彼女だって人間だ。嫌なことがあれば、面倒なことがあれば、平穏なだけではいられない。
紫音に懐かれたことだって、決して彼女が望んでたことじゃない。
必ずしも嬉しいことでもないんだ。
だけど同時に、自分を頼ってくる相手を邪険にはできないのも、椿という子なんだ。
そのために用意した<遊び部屋>でもあるからね。どんなに無茶をしても、失敗しても、いざとなれば部屋ごと丸洗いできるように、ガレージ内にユニットバス用のモジュールを流用して作った部屋だから、家そのものの躯体にはなんの影響もない。
そしてすぐ隣で僕が様子を窺っていられるように僕用の<書斎>も設けてある。
紫音は、よほど自宅の居心地が悪いんだろう。夕方になってもなかなか帰ろうとせず、いよいよ帰らないといけない時間を過ぎても腰を上げず、
「帰る時間じゃないの?」
椿がそう声を掛けると、
「う…えう…っ、うぅ……」
と嗚咽を漏らし始めたのが伝わってきた。帰りたくなくて泣いてるんだ。
「寂しいんだね。よしよし……」
椿が彼を抱き締めて頭をそっと撫でている気配が伝わってくる。
そうして十分ほどして、ようやく紫音は、
「帰る……」
と口にした。声の調子が落ち着いてるのが分かる。椿に抱き締められて、自分の感情を受け止めてもらえて、冷静になれたんだろうな。
帰り際になるとこういう感じのやり取りが一週間ほど続いて、ようやく、泣かずに帰れるようになった。
遊んでる時も、椿が用意したボードゲームやカードゲームを、ルールを教わりながら始めて、ようやく普通に遊べるようになってきたみたいだ。
TVゲームを用意してもよかったんだけど、椿自身が敢えてそれ以外の遊び方を教えたかったみたいだね。
しかも、以前からよく遊びに来てた椿の友達、<智香>と<来未>も、最初は、紫音がいることに戸惑って、
「なんであの子いつもいんの……?」
椿に耳打ちしたりもしてたのが、椿が間に入って取り持って、一緒にボードゲームなどをしている間に、自然と仲良くなっていけた。
でも、その代わり、間に入ってる椿の負担は大きくて、紫音達が帰ると、彼女は僕やアオにすごく甘えてくるようになった。だから僕とアオが、椿のストレスを受け止める。
それがあるから、椿は、紫音に対して鷹揚でいられるんだ。そうじゃなかったら、きっと、自分に一方的に甘えてくる彼に苛立ってしまっただろうな。
椿はすごくいい子だ。だけどそれは、<いい子でいられる環境>を確保できているからというのが大きい。彼女だって人間だ。嫌なことがあれば、面倒なことがあれば、平穏なだけではいられない。
紫音に懐かれたことだって、決して彼女が望んでたことじゃない。
必ずしも嬉しいことでもないんだ。
だけど同時に、自分を頼ってくる相手を邪険にはできないのも、椿という子なんだ。
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