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第三幕

回想録 その16 「おやすみ」

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その後、宗十郎の病は一気に進んだ。

眩暈が酷くて体を起こすこともできず、ずっとベッドに横になったままだった。

痛みも強く、母はモルヒネを彼に処方した。看護師として働いていた経験もあり、しかも、法律の運用が杜撰だった時代だったこともあり、看護師でありながら『医学の知識がある』というだけで、医師の手が空いていない時などは、薬の処方や手術まで行ったことがあるそうだ。

モルヒネは、その当時に手に入れたものだった。母自身は盗もうと思っていたわけじゃなく、その病院に勤務していた医師が横流しを図って隠し持っていたものを成り行きで母が預かっていたらその医師が何者かに殺害された上に病院そのものが爆破され、母もそれ以上関わることを避けて立ち去った時に一緒に持ってきてしまったらしい。

強い薬なので迂闊に放置も放棄もできず、それなら自分が管理していた方がまだ安全だということで保管していたものだった。

「まさかそれがこんな形で役に立つとは思ってもみなかった」

と母も口にした。

けれどそのおかげで、宗十郎は痛みを和らげることができ、穏やかな表情のまま、眠るように息を引き取った。

その彼の最後の言葉は、

「おやすみ……」

宗十郎にとって<死>は、疲れて眠りに落ちるような安らぎだったんだろう。

きっと、言葉では語りつくせないような数奇な人生だったに違いない。

「おやすみ、宗十郎……」

宗十郎の遺体を母と一緒に埋葬し、僕はそう声を掛けた。



それからさらに四十年。今度は母が、

「さすがに私もここまでみたいね……」

宗十郎が息を引き取ったベッドに横たわったまま、小さく笑みを浮かべて呟いた。

母が言うには、八百年。吸血鬼としての寿命を迎えようとしていたんだ。

僕達吸血鬼は、長い者になると千年以上を生きるけど、その命は決して無限じゃない。そして、吸血鬼としての寿命が終わると、能力のほとんどを失い、人間と変わらなくなる。

吸血鬼を吸血鬼たらしめている、

<細胞内に住む未知の微生物>

が失われることで、人間の肉体と同じになってしまう。

それが、

<吸血鬼の最後>

あの美しかった母が、人間のようにすっかり老いて……

父とは、やっぱり連絡が取れなかった。

『こんな時まで……!』

僕はついそう思ってしまうけど、

「ミハエル。これが吸血鬼というものよ……私達はとても強いからこそ、一人でも生きていける。だから死ぬ時も一人……

でも、私はこうやってあなたに看取ってもらえるから、幸せよ……」

母はそう言ってやっぱり微笑んだ。



その三日後、宗十郎と同じように眠るように息を引き取った母を、僕は宗十郎を埋葬した場所の隣に埋葬した。

<墓>は、敢えて作っていない。下手に墓を作ると、人間によって暴かれたりするからね。



「おやすみ……マーマ……」

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