ショタパパ ミハエルくん

京衛武百十

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第三幕

回想録 その6 「余計なお世話」

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その人間は、防寒用の分厚いコートを着ていたけど、マイナス四十度を下回るシベリアの吹雪の中では、到底、命を守れるようなものじゃなかった。しかも、手袋を外すと、指が数本、完全に凍り付いてすでに<凍傷>どころじゃないのが察せられた。もう回復の見込みはない。

すると母は、つららでも折るかのように躊躇なくその指を折っていった。このまま温めて解けたとしても壊死したところから毒素が広がるからだ。

確実に命を救うだけならもっと簡単な方法がある。それは、母が彼を吸血して<眷属>にしてしまうこと。そうすれば、二度と<人間>には戻れないけど、命だけは助かるし、失った指も復元する。

でも母は、その時点では彼を眷属にはしなかった。彼の意識が戻ってから、もし、本人が望むならということで判断を保留したんだ。

なにより、指の数本を失っても人間社会には戻れるけど、眷属になってしまったら、もう、人間社会に戻ることはできなくなる。僕達と一緒に、人間の目を逃れて数百年の時間を生きなきゃならなくなるし。

「取り敢えず容体は落ち着いたわ」

母はそう言ったけど、ベッドの中で眠るその人間の意識は戻らなかった。もし意識が戻ったらすぐにでもと思って用意したスープは、母と僕で食べることにして、人間の食事はまた意識が戻った時にということになった。



そして、彼の意識が戻ったのは、丸二日経ってからだった。

「……俺は…生きているのか……?」

それが、彼の第一声だった。続けて、

「生き延びてしまったのか……」

絞り出すようにして呟いたんだ。

「ごめんなさい。余計なお世話だったかしら……?」

彼の意識が戻りそうな気配を察してスープを用意していた母がそう声を掛けると、

「いや……それは俺の方の事情だ……助けてくれてありがとう。感謝する……」

体を起こすことはできなかったけど、彼は目を瞑って会釈するように頭を動かして、そう言った。

それから包帯に覆われた手を持ち上げて顔の前に持ってきて、明らかに歪な形になったそれを見た。

「完全に凍ってどうしようもなかったから、切除しました。足の指も合わせて五本、同様の処置をしました。治せなかったのは申し訳ありません」

母が状況を説明すると、彼は、

「そうですか……賢明な判断だと思います。あの状態で命が助かっただけでも奇跡というものでしょう」

思考もはっきりしてきたのか丁寧な言葉遣いで、応えてくれた。さらに、母と、

「あなたはソ連の方ですよね? 日本語がすごくお上手だ……」

「母方の祖母が日本人だったんです。でも、日本語を使うのは数十年ぶりだから、思い出しながらですけど」

と、やり取りしていたのだった。

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